人間ならば誰でも起こしてしまう「ミス」。間違えないよう気を付けても、うっかりミスしてしまいよく怒られている……という方もいるのではないでしょうか。
全日本空輸(以下、ANA)で整備士を務め、現在はANAビジネスソリューションで「ヒューマンエラー対策研修」の講師をされている中村恒徳さんはミスが起こるメカニズムなどについて精通していますが、少しでもミスをなくすためにできることはあるのか伺いました。
――航空業界は、一つのミスが多くの人の安全を脅かすことになる「最もミスの許されない業界」の一つかと思います。ANAで実際に行っている「ミスをなくす」工夫はありますか?
中村さん:ANAでは、指差呼称(しさこしょう)を行っています。指差呼称とは、対象物にしっかり目を向け、指を指しながら、「電源スイッチ、オフ、よし」などと声を出して確認する方法です。
たとえば、飛行機が出発する前、客室乗務員はドアのレバーが正しい位置にセットされていることを指差呼称で確認しています。もちろん整備士もみな、このような指差呼称での確認を行っています。
この指差呼称には、意識レベルを上げることでミスを防ぐ効果があります。意識レベルを上げるためには、大脳を活性化させることが必要です。指差呼称は「対象物をしっかり見る」「指を差す」「声を出す」などの行動を意識して行うことによって、大脳を活性化し意識レベルを上げる効果があるのです。
指差呼称をすると、エラーが6分の1に減ることがわかっています。改善率は実に83%になるわけです。
オフィスなど声を出しづらい場合は、声なしの指差だけで行っても効果があります。指差のみの場合でもエラーが3分の1に減る(改善率が67%)ことがわかっていますので、たとえば、メールを送る前に送信先を指差し確認する、といった形でも効果が期待できるのです。
――十分注意していてもミスが起こってしまった場合、どのように対処するのが最適でしょうか?
中村さん:まずは、すぐに報告することです。ミスが起こった時はもちろん、ミスになりそうでならなかった場合でもすぐに報告・周知することで、注意喚起になり他の人が同じミスを起こすことを防げます。そこで原因を特定できれば有効な対策が立てられ、再発防止につなげられます。
また、「ヒヤリハット」も積極的に発信するようにしましょう。「ヒヤリハット」とは、「事故や不具合になりそうだったが、ヒヤッとした・ハッとしたで済んだ」というものです。
たとえば、一時停止の標識を見落としてしまい(エラー)、停止線で止まらずに交差点に進入してしまった(ミス)とします。この時、横から来た車にぶつかってしまえば事故、ぎりぎりでぶつからなかったらヒヤリハットということになります。
つまり、ヒヤリハットと事故や不具合は、結果が違うだけで途中の経緯は同じなのです。ヒヤリハットの段階できちんと発信・対処しておけば、事故や不具合を未然に防止でき、同僚を事故や不具合から救うことにもつながります。
そのためには、ヒヤリハットを報告した人を責めるような環境は、組織としてあまり良くありません。報告者が責められるような風潮があると、誰も報告しようとしなくなるからです。ミス(ヒューマンエラー)は責めるものではなく、対処するものなのです。
ANAにも、「ヒューマンエラーに起因し、避けることができなかったと判断される場合は罰しない」という非懲罰制度があり、これは全部門に共通する社内規定として存在しています。
しかしANAの整備部門でも、ヒヤリハット報告がなかなか出てこない時期がありました。その理由についてアンケートを採ったところ、「恥ずかしい、責任を取らされる」「報告の重要性がわからない」「報告が面倒」「報告しても改善されない」などの意見が出たのです。
それを受け、よい発信をした人や多く発信した人は表彰して感謝する、発信の重要性を周知・啓発する、発信者には確実にフィードバックするなどの対応を行ってきました。
――組織全体として報告・共有しやすい環境作りが大切なのですね。では、よくミスをしてしまう人の共通点と対処法があれば教えてください_
中村さん:よくミスをしてしまう人には、「メタ認知能力が低い」という共通点があると言われています。
まずメタ認知能力とは、自分自身を客観的に認知する能力のことです。たとえば誰かと口論になった時、メタ認知能力が高い人は「今自分は感情的になっている」「相手は何に腹を立てられているのだろう」と、冷静に自分や周囲を見つめることができます。
しかしメタ認知能力が低いと、感情的になり「周りが悪い」と思ってしまいます。こういう人は注意されても原因を修正しないため、ミスも繰り返しやすくなるのです。
メタ認知能力を高めるには、自分自身をよく観察する癖を付けましょう。毎日手帳に1行でもいいので、日記を書くと効果的です。「こんなミスをしそうになった」「○○が原因で腹が立った」などと自分を振り返り、数カ月後に見直してみると自分の傾向がわかってきます。
その上で、行動目標を作って行動を修正していくことが大切です。自分自身の傾向を踏まえて、たとえば「要所要所で立ち止まり、ミスがないか見直す」など、行動に関する目標を作り、実際に続けてみましょう。
この他、事故や不具合を招いてしまうものに「バイオレーション」があります。バイオレーションとは意図的なルール違反のことで、「この手順は面倒だから飛ばそう」などと、ルール違反と知りながらも実行してしまうのです。
バイオレーションは自覚がある分、注意深くなるため、すぐに事故や不具合にはなりにくい反面、習慣化しがちです。習慣化すると、結局は事故や不具合につながる可能性は上がります。
バイオレーションをなくすには、バイオレーションを許さない環境作りが必要です。上司が部下全員に目を配り、気を配り、声をかける、不要なルールや使えない設備を改善していくなど、組織全体での取り組みを行うとよいでしょう。
また、一人ひとりが手順・ルールの意味や背景を知っておくことも大事です。そうすることで納得し、より守らなければという意識が高まります。ミスとは違い、バイオレーションはゼロにすることも可能なのです。
――最後に、ミスが起こらない組織とはどのような組織でしょうか?
中村さん:「コミュニケーション」「リレーションシップ」「リーダーシップ」の3つがしっかりとしている組織は、ミスが起こりにくくなります。
まずコミュニケーションにおいては、お互いが「本当に相手に伝わったか」を確認することが重要です。
発信者も受信者も、一方的に「伝えた」「聞いた」で終わるのではなく、最後にもう一度「きちんと伝わっているか」、伝達事項の確認をしましょう。また、それには後輩や部下が上の立場の人に確認しやすい雰囲気の組織であることが重要です。
たとえばANAでは、上司や先輩が「何か気が付いたことがあったら遠慮なく言ってね」と声をかける、それを受けて部下や後輩は何か気が付いたことがあれば、その時、その場で、躊躇せずに声に出すという習慣があります。
そしてミスの有無にかかわらず、指摘してくれたことにきちんと感謝をする。「お願いする」「声に出す」「感謝する」というサイクルを回していくのです。
これを私たちは「アサーション」と呼んでいます。アサーションとは「相手の立場を尊重し、お互いを大切にしながら率直にコミュニケーションをする自己表現」のことで、立場にかかわらず「気が付いたことをお互いに何でも言い合う」ということです。
この取り組みはANAの整備部門から始まり、今ではグループ全体に広がっています。
またリレーションシップでは、人間関係を円滑に行うことが重要です。たとえば苦手な人と仕事をする場面でも、その気持ちを表情や声に出さないよう心がけましょう。
苦手な人を無理に好きになるのは難しいことですが、日々のあいさつや雑談に自己開示を交えることで、心理的な距離を縮めることはできます。
逆に仲が良すぎても、みんなが同じ方向しか見なくなってしまい、間違いに気づきにくくなります。たまに一歩引いて、適度な距離感を保ちつつ仕事をするのがよいでしょう。
最後にリーダーシップは、立場にかかわらず一人ひとりが発揮することが重要です。たとえば、「自分しか知らない情報があれば他の人に教える」など、ささいなことで構いません。空振りでもいいのです。
言おうか言わないか迷ったら、発信していくことを心がけましょう。積極的に発信することでミスが減って、結果的に組織は救われます。
ミスをなくすためには、一人ひとりの心がけに加え、チームとして強い組織になっていくことが必要です。一つひとつのヒヤリハット体験は小さくても、みんなの体験を集めることで大きなノウハウになり、ミス撲滅に向けた相乗効果が生まれます。
それを可能にするためにも、風通しよく、公正な組織を目指すことが必要ではないでしょうか。
取材協力:ANAビジネスソリューション
ANAグループで、主に、教育・研修事業、人材派遣事業、ANAエアラインスクールの運営などを行う。
教育・研修事業では、ANAグループのノウハウを活かした「接遇&マナー」「ヒューマンエラー対策」「訪日外国人おもてなし」「ユニバーサルサービス」などの研修商品を展開。メーカー、医療機関、自治体など、あらゆる業種業態から依頼を受け、企業・個人に向けた研修を行っている。また、「ANAの口ぐせ」「ANAの気づかい」「ANAの教え方」など、ANAグループのノウハウを書籍でも紹介しており、これらシリーズは累計14万部を突破するベストセラーとなっている。