フジテレビのアナウンサーたちが、最近次々と新たな取り組みに挑んでいる。昨年の夏には、国内最大級の音楽フェス『a-nation2018』のステージでパフォーマンスを披露し、今年2月に放送されたバラエティ特番『明石家さんまのFNS全国アナウンサー一斉点検』では、タブーを次々に破る驚きのトークを見せた。
この仕掛けを行っているのは、アナウンサーのマネジメントを行う編成局アナウンス室。慣例を脱し、積極的にアナウンサーを売り出していく狙いは何か。立松嗣章アナウンス室長に話を聞いた――。
■『a-nation』本番後に感動の涙
従来のアナウンス室の業務は、番組スタッフからアナウンサーの出演依頼を受け、それをコーディネートするという“受動的”な役割が大きかったが、「その方向を大きく変えて、アナウンス室が絵を描いて、各番組に提案する形にしようというのが最初の取っかかりです」という立松氏。さらに、「番組だけに頼らず、アナウンス室独自の企画で話題を作る戦略がうまく回り始めた」と、アナウンス室の様々な挑戦に大きな手応えを感じている。この最初の大きなプロジェクトが、昨年夏に実現した『a-nation2018』への出演だ。
当初決まっていたのは、フジテレビの社屋イベントで、女性アナが歌とダンス、男性アナが太鼓のパフォーマンスを披露すること。練習にはメンバーが集まることが必要だが、それぞれが番組を抱えているため、今まではそのスケジュール調整も不可能に近かった。そこで、番組優先だったスケジュールを、アナウンス室から要請して各番組が協力体勢になったことで可能になったのだ。
プロジェクトはこれだけにとどまらない。「編成マンの癖なのですが、どうしても“ストーリー性”を考えてしまうのです」という編成出身の立松氏は、早い時期からアナウンス室の会議室にマシンを入れて、過密なスケジュールの合間に太鼓隊の男性アナがトレーニングできる環境を整備。食事管理も徹底して鍛え上げた体をメディアに露出すると、大きな反響を得た。
さらに、イベントでの披露曲を相談する中で、レコード会社の担当者に「『a-nation』に出たいんですけど無理ですよね?」と、雑談レベルで言ったことが本格的に検討され、味の素スタジアムという4万人の大観衆が待つステージに立つことが決定。そのセンター争奪企画も展開し、本番に向けて練習する姿をFODの番組で追い、編成に掛け合って地上波の深夜枠でドキュメンタリーとして放送するという“ストーリー”を作った。
このストーリーは、さらに続く。『a-nation』でのアナウンサーたちの活躍を知った別のレコード会社の担当者が、DREAMS COME TRUEのコンサートにオープニングアクトとしてオファー。年末の横浜アリーナで『めざましテレビ』のアナウンサーを中心に、朝ドラ『まんぷく』の主題歌「あなたとトゥラッタッタ♪」を、吉田美和の考案したダンスで披露して会場を盛り上げた。短期間での厳しい練習だったが、なんとか乗り越えたそうだ。
これらは通常業務に加えての取り組みだが、アナウンサーたちは皆面白がって参加しているという。「みんな担当する番組が違うので、どうしても個人主義の職場になりがち。アナウンサーがチームになり1つの目標に向かって作り上げていくことをあまり経験したことがないので、このような取り組みは室員の士気を上げるんです。『a-nation』が終わった後、みんな感動して泣いていました」と、組織マネジメント面でも絶大な効果があった。
■きっかけは山崎アナ&おばた“披露宴”の手応え
そして、最近の大きな取り組みが、2月9日にプライム帯で放送されたバラエティ特番『明石家さんまのFNS全国アナウンサー一斉点検』だ。フジではかつて、アナウンサー特番が放送されていたが、2013年以来6年間途切れていた。
そんな中、『さんまのお笑い向上委員会』で、昨年6月23日から3週にわたり、山崎夕貴アナとおばたのお兄さんとの“結婚披露宴”を放送。新婦側としてアナウンサー13人が出演し、さんまからの振りを見事に返すなどして盛り上がったことから、「『これは行ける!』さんまさんにアナウンサー特番をやってもらおうと思い、プロデューサー陣と一緒にお願いをしに行きました。さんまさんには本当に感謝しています」と経緯を明かす。
一方、アナウンサーたちに対しては「なぜこの番組をやるのかという意義を1人1人に説明しました」と、理解を深めてもらった上で、番組内では結婚・離婚といったプライベートネタにも容赦なく言及。23時40分終了と深夜に差し掛かる放送時間だったが、番組平均視聴率は11.8%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)をマークし、系列局も高数字を叩き出した。
この手の番組はネガティブな反応が予想され、立松氏も「非常にリスキーなトライでした」と認めるが、批判的なネット記事はほとんどなかった。テレビの視聴状況を独自に調査している「テレビ視聴しつ」(eight社)の満足度調査では、2月に放送したフジのGP帯バラエティで第2位の高数値となる4.00(5段階評価)を記録。自由記述の感想で「個性のあるアナが多くて面白かった」(38歳男性)、「普段の素のアナウンサーを見る機会はないので面白かった」(42歳女性)といったコメントが寄せられているとおり、番組の面白さが批判をはねのけたのだ。
そして、この特番が画期的だったのは、椿原慶子アナや倉田大誠アナなど、報道番組のメーンキャスターを担当するアナウンサーもこぞって出演したこと。信頼性を大切にする報道番組のメーンキャスターはあまりバラエティ番組に出さないという不文律があったが、事前に報道局に交渉して出演にこぎつけた。
立松氏には「1人のアナウンサーが多様性を持って、ボーダレスにいろんなことをチャレンジするべき。そうすることによってアナウンサーとしての幅ができて、自分の本業にも戻ってくる」との持論があるというが、そこに至るまでに1つの成功例があったのだと明かす。