自動車業界は今、「CASE」と「MaaS」をキーワードとする激変の只中にある。電動化や自動化などでクルマそのものの在り方が変わりつつあり、人とクルマの付き合い方が「所有」から「利用」へと移行するとの未来予想は、いまや規定路線であるかのように語られている。「100年に1度」ともいわれる大変革に、輸入車販売の老舗であり100年を超える歴史を持つヤナセはどう立ち向かうのか。吉田多孝(よしだ・かずたか)社長に話を聞いた。

東京・芝浦のヤナセ本社。三井物産の機械部にいた梁瀬長太郎(やなせ・ちょうたろう)氏が独立し、「梁瀬商会」(後のヤナセ)を設立したのは1915年(大正4年)のことだ

吉田氏がヤナセの第8代社長に就任したのは2018年6月のことだ。伊藤忠商事出身の社長は、現会長の井出健義(いで・たけよし)氏に続き2人目となる。伊藤忠はヤナセに66%を出資する親会社だ。

吉田氏は、伊藤忠への入社後、すぐに自動車部門に配属となった。その後は海外勤務などを経験しながら、執行役員として自動車・建機部門長、機械カンパニープレジデントなどを歴任した。その過程で、ヤナセの社外取締役を務めたこともある。

自動車関連の仕事で長い経験を持つ吉田氏だが、ヤナセの社長として直面するのは、自動車業界に押し寄せる大変革の荒波だ。この先、どのような舵取りを見せてくれるのか。ここからはインタビューの模様をお伝えしたい。

ヤナセの吉田社長

ヤナセの顧客像に変化の兆し

――ヤナセの社長に就任することをどのようにお感じになりましたか?

吉田社長:足掛け38年伊藤忠に在籍し、振り出しが自動車で、2003年に伊藤忠がヤナセに出資した後の2010年には、自動車・建機の部門長を担当しました。社外取締役を数年経験するなど、ヤナセとは浅からぬ縁を感じています。伊藤忠でのサラリーマン生活を卒業するにあたり、縁のある会社で仕事をさせていただけるよい機会と感謝しています。

伊藤忠時代に自動車部門を経験したといっても、ビジネスはB to B(企業間取引)が多かった。ヤナセはB to C(企業対消費者取引)の企業です。伊藤忠でもいくらかの経験はありますが、自然体でいけたらと思います。その中で、何かヤナセに深く根付いたものとは違う、新しい空気や風も送り込めるかもしれません。

ヤナセ本社ビルの1階にあるメルセデス・ベンツのショールーム

――ヤナセの社長に就任して8カ月ほどですが、社内に入っての実感はいかがですか?

吉田社長:ヤナセには、お客様第一主義を深く掘り下げてきた歴史と伝統があります。一方で、消費者の志向や年齢層は時代とともに変化しているので、これまでの伝統と、これからの変革をどう融合していくかを考えています。永年お付き合いいただいている既納客の中にも、「セールスには家まで来てもらわなくてもいい」という感覚が出てきているかもしれません。ましてネットの時代では、事前に情報を収集し、店へは実車の確認に訪れるだけという買い方も増えてきています。

例えば、メルセデス・ベンツをお求めになるお客様に、以前はある一定の顧客像がありましたが、今日では、メーカー側もより若いお客様に向けた商品を供給するようになり、販売の仕方や、お客様との接し方にも多様性が求められるようになっています。

ヤナセ本社ビルの1階にあるアウディのショールーム

――ヤナセは2010年に策定した中長期ビジョンで「筋肉質で収益性の高い企業への体質転換」を掲げました。その成果についてはどのように評価していますか?

吉田社長:バリューチェーンのなかで、収益の「面積」を広げようとしていますが、その意識は定着したと思っています。

かつては「いいものだけを世界から」のスローガンのもと、新車販売を中心としたビジネスを展開していましたが、一方で「売ったら終わり」といったような発想もありました。しかし、20年ほど前からは、クルマを下取りして中古車を販売し、さらにサービスにもつなげるビジネスを行うことで、お客様との関係を強化する意識が芽生えてきました。

販売店において大切なのは、新車販売以外でどれだけ固定費をまかなえるかということです。そこをもっと追求できれば、ヤナセには成長の余力があります。

自動車ディーラーは新車販売の成績が注目されがちだが、中古車販売、保守を行う点検整備や修理(サービス)、自動車損害保険の取り扱いなどが、実質的には販売店を支える事業であるともいわれている。クルマを売るという「点」で収益をあげることにとどまらず、バリューチェーン全体の「面」で稼ぐという姿勢が重要と吉田社長は語る

クルマは「所有」から「利用」へ、ヤナセの対応は?

――「所有」するものだったクルマは、「共有」して「利用」するものへと変わってきたともいわれています。この点については、どう対処していきますか?

吉田社長:「所有から利用へ」という動きは、常に考えています。一方で、登録車の国内販売台数が約300万台に落ち着いた状況の中、輸入車はその10%前後の30万台規模で、販売自体は伸びています。輸入車が伸びている理由は、国産車と違う味があるなど、周りと違うものを求めるお客様に支えられていることです。その傾向は、例えばドイツ車だけでなく、フランス車も増えているといったところにも表れています。

日本の輸入車市場は堅調。ヤナセの販売台数は2017年度実績で新車3万4,305台、中古車4万3,340台だ。2017年度までの5年間の推移を見ると、新車販売は微減している一方で、中古車販売は右肩上がりで増えている

吉田社長:ほかとは違うものが欲しいという嗜好に応える輸入車は、国産車に比べると、必要な時だけ「利用」するというより、「所有」したいと考えるお客様の割合がまだまだ高いだろうと考えています。ヤナセが扱うプレミアムブランドのクルマは、すぐに「利用」中心の需要には移行しません。今の時点で大騒ぎして混乱する必要はないという思いがあります。

しかしながら、「所有から利用へ」の動きを想定した手を打つ必要はあります。例えば販売店は、「利用」の際のコネクティングポイント(接点)になる可能性があるのではないでしょうか。販売店は立地がよく、駐車する場所があり、整備や修理といったサービスを提供できます。個人のお客様同士がクルマを貸し借りする拠点になるかもしれません。この先、販売店をどのように活用できるかは考えています。

ヤナセ本社ビルの道路を挟んで向かい側にあるフォルクスワーゲンのショールーム

――ヤナセは今、“クルマはつくらない。クルマのある人生をつくっている。”というコーポレートスローガンを掲げています。

吉田社長:クルマのある豊かな生活を提供することに、今後も変わりはないと思います。例えば2015年には「ヤナセ プレミアムカー レンタル」をトライアル事業として北海道で開始し、2017年には47都道府県で本格稼働しました。

2017年には福祉車両分野に参入しました。2018年には『ヤナセ クラシックカー センター』を開設し、幅広い年代の旧車の修復と復元を始めています。日本でもクラシックカー文化が根付くといいと思っています。

フォルクスワーゲンのショールームには、輸入第1号車「ビートル」が展示されていた

――今秋の消費増税を機に、自動車関連税制が改訂される動きがあります。税制改訂の内容はまだ固まっていませんが、ヤナセにとってどのような影響があると見ていますか?

吉田社長:前回は5%が8%に上がったわけですが、今回は8%が10%へということですから、消費者心理がどのように働くかについては、見通せないところがあります。とはいえ、自動車税が下がれば、クルマを所有する際の税負担が軽減されるので、所有しやすくなるという意味で追い風にはなりそうです。いずれにしても、今回の改訂が負の要因になることはないはずなので、期待しています。

――2019年年頭の挨拶で吉田社長は、社員の皆さんにスキルアップと社内コミュニケーションの活性化を求めると同時に、社内ではITを使った業務の効率化を進めるとの考えを表明されています。その真意は。

吉田社長:ヤナセでは、従業員の年齢構成がややいびつになっているところがあります。従来、ヤナセは海外自動車メーカーから輸入販売権を取得し、正規販売を行ってきましたが、各メーカーが日本法人を設立したことで輸入権を移行し、販売専門となりました。その際に経営が厳しくなり、新入社員の採用を絞ったことがあり、年齢構成に差が開いたのです。

今は、30代前半から40代前半の“働き盛り”といえる人数が少なくなっています。一般的に、若い社員は少し年上の先輩から仕事を教わることが多いはずですが、先輩が10~15歳も年上ということが多く、従来よりコミュニケーションが減っている拠点もあります。

ヤナセ本社ビルから程近い場所にあるGMのショールーム

吉田社長:一方で、仕事の効率化の面ではITを導入し、タブレットを使った販売も始めていますが、ベテランになると、そういった機器の扱いに不慣れな部分もあります。また、ヤナセは独自でIT化に取り組みましたが、今日では自動車メーカーのシステムと統合することによるシステムの効率化も求められています。こういったIT化をさらに進め、業務の無駄を省くことができれば、空いた時間の使い方を工夫することで、働き方改革につなげることも可能です。

伝統に裏打ちされたヤナセのよさは、上意下達での推進力にありましたが、今後は、上意を受け取った若手から「こういうのはどうですか」とか「こうすればできます」といった話が出てくるようなことも必要でしょう。年齢構成に大きな差がある社員構成であれば、なおのことです。ヤナセのDNAを継承していくという観点からも、相互の意思疎通はより密接であることが大切だと思っています。そして、もっと能率的に働ける人材が、まだたくさんいるとも感じています。

創業から100周年(2015年)までのヤナセの歴史を記したパネル。同社の輸入車販売は「キャデラック」と「ビュイック」からスタートした

――2019年は社長就任から2年目です。抱負は。

吉田社長:バリューチェーンの追求を、もっとやっていきたいと思います。新車以外のところを、どう深掘りしていけるか。そこを具現化していかないと、収益は伸びていかないでしょう。というのも、ヤナセグループには約5,000人の社員(2019年1月現在)と約200の販売店、また100~150のサービス拠点網があり、すべてが国内の事業です。日本というホームグラウンドでしっかり収益を確保できる分野を作っていかなければなりません。バリューチェーンを耕し、整備していきます。

梁瀬次郎さん(梁瀬長太郎氏の次男でヤナセの第2代社長)が作られたヤナセのステッカー(黄色に青字で「YANASE」と書かれたもの)は我々の誇りであり、ヤナセの象徴です。そのステッカーを見たり、社名を聞いたりすれば、多くの人が輸入車販売の会社だと当社のことを認識してくれます。社名を聞いて何をやっているか分かる企業は、実はそんなに多くありません。そういう会社に誇りを持って働くことで、もう一段、強くなれる社員もいます。社員には「自分たちはやれるのだ、ここまでやったんだ」と感じてもらいたい。2019年は結果を出せる1年にしたいと思っています。

社名を聞いただけで事業内容が思い浮かぶ企業は案外少ないと吉田社長は語る

新車累計販売200万台を達成したヤナセのこれから

ヤナセは2018年に創業以来の新車累計販売台数200万台を達成した。これはつまり、輸入乗用車の4台に1台がヤナセのステッカーを貼っているということになる。

クルマの輸入販売権を持ち、「いいものだけを世界から」というビジネスを展開してきたヤナセは今、「クルマはつくらない。クルマのある人生をつくっている。」と語り、バリューチェーン全体での収益創出を図りつつ、次世代に向けた準備を進める企業に変貌を遂げている。ただ、自動車を取り巻く環境に変化はあっても、クルマのある豊かな人生を開拓していく同社の姿勢に変わりはないだろう。

(御堀直嗣)