日本を代表するスーパーカーであるホンダ「NSX」が復活を果たしたのは、2016年8月のこと。2シーター、ミッドシップレイアウト、アルミボディ構造など、従来型と共通する特徴を備えつつも、ハイブリッドシステムによる4WD車という現代的なハイテクスーパーカーへと進化を遂げていた。
さらに、クルマづくりの指揮をとる開発責任者(ホンダではラージプロジェクトリーダー=LPLと呼ぶ)が米国人となり、生産も米国の新工場に移るなど、NSXが“メイド・イン・USA”となったことも話題となった。
そんな2代目NSXだが、復活から約2年となる2018年10月に、初の改良型となる「2019年モデル」が発表となった。主な改良点は、内外装のリファインと走行性能の向上である。また、このモデルではLPLが日本人となった。発売は2019年5月で、価格は据え置きの2,370万円。今回はNSXの2019年モデルに試乗し、新世代ジャパニーズ・スーパーカーの今に迫った。
ホンダの技術の集大成として誕生した初代「NSX」
試乗の感想をお伝えする前に、まずはNSXの歴史を振り返っておきたい。このクルマの初代は、日本がバブル期にあった1990年、世界に通用するホンダのフラッグシップスポーツとして誕生した。ホンダは同じV型8気筒(V8)エンジンを搭載するミッドシップのスーパーカー、フェラーリ「328」をライバルと想定してNSXを開発したといわれる。あのアイルトン・セナも開発テストに関わるなど、多くの逸話を持つクルマだ。
もちろん、初代NSXはクルマとしても魅力的で、スポーツカーらしい流麗なスタイル、オールアルミ製ボディ、ミッドシップレイアウト、高回転型自然吸気エンジンなど、F1参戦などでホンダが培った技術の集大成というべきモデルであった。事実上、日本初の量産スーパーカーであった点も注目され、国産車としては異例の約1,000万円という価格ながら、発売と共に大人気となる。その後、ホンダは改良を加えながらNSXを作り続けたが、2006年には惜しまれつつも生産を終了。それから10年の歳月を経て復活したのが、2代目となる現行型NSXというわけだ。
新型「NSX」は3つのモーターを駆使する高性能な4WD
現行型NSXのスペックを簡単に紹介しておくと、ボディサイズは全長4,490mm、全幅1,940mm、全高1,215mm。低重心を連想させる抑えられた全高とワイドで伸びやかなスタイリングは、まさにスーパーカーそのものといった感じだ。キャビンは2名乗車仕様で、後方にエンジンを搭載するミッドシップレイアウトを採用する。
そのパワートレインは3.5LのV6ツインターボに9速DCTを組み合わせ、更にハイブリッドシステム「スポーツハイブリッドSH-AWD」を装備する。これはホンダの最上級に位置するハイブリッドシステムで、搭載すると環境性能が高まるだけでなく、スポーツ走行にも活用できる。
搭載するのは3機のモーターだ。エンジンに直結させる後輪用駆動モーターに加え、前輪左右それぞれに駆動モーターを備える。前輪は完全に電動化されていて、左右に与えるパワーを自在にコントロールすることが可能。すなわち、高性能な4WD車なのである。
エンジン単体の性能は、最高出力507ps、最大トルク550Nmと申し分ないが、ここにモーターが加わる。モーターそれぞれの性能は前輪用が37ps/73Nm(1モーターあたり)、後輪用が48ps/148Nmを発揮する。エンジンとモーターを合わせたシステム全体では、581ps/646Nmとかなりパワフルだ。
キャビンは2名乗車のみだが、ゆったりとしたスペースを確保してある。車内の収納は限られているが、エンジン後方にはコンパクトながらトランクも備わるので、ちょっとした旅行の荷物くらいなら飲み込んでくれる。
このNSXには、走りのキャラクターを変化させられる「インテグレード・ダイナミクス・システム」というドライブモードセレクトが付いている。操作はセンターコンソールに配置された大型のダイヤルで行う。標準の「スポーツ」、運転をより楽しめる「スポーツ+」、サーキット向けの「トラック」、そして、ハイブリッドらしい静かな走りを可能とする「クワイエット」の4つのモードがあり、状況に応じた最適な走りが選択可能だ。
オールマイティ仕様の「スポーツ」は、停車時のアイドリングストップやEV走行モードにまで対応する。もちろん、アクセルを踏めば、パワフルな加速と俊敏な走りが楽しめることはいうまでもない。「スポーツ+」はエンジンパワーを積極的に使う走行モードであるため、かなり刺激的な走りが楽しめる。このモードでは低いギアを多用するので、回転数が高めとなり、ホンダ自慢のエンジンサウンドもより堪能できる。
クワイエットモードではアイドリングストップとEV走行を優先してくれるので、スーパーカーであるNSXを静かに走らせることが可能になる。楽しさは薄れるが、早朝や深夜の静かな住宅地などで重宝する。いわゆる気配りモードだ。
手強いかと思いきや…「NSX」の2019年モデルに試乗!
ここからは2019年モデルに試乗した印象をお伝えしたい。
国産車とはいえ、やはりスーパーカー。NSXも独特の迫力を放っており、手強さを予感させたが、少し緊張しながらシートに収まると、その先入観は良い意味で裏切られた。この手のスーパーカーとしては、かなり視界が良好なのである。ミラーまで含めると2mを超える車幅だが、運転席からフロントの鼻先が見え、先端やタイヤ位置もつかみやすい。ミラーも左右と後方をしっかり目視できるので、取り回しについての不安も感じなかった。スーパーカーというよりも大型クーペのような感覚だ。もちろん、車高が低い点だけはしっかりと考慮しなくてはいけないが……。
シフトはATなので、操作も基本的にはイージー。ステアリングとペダル操作に集中すればOKだ。見た目よりも、ずっとユーザーフレンドリーなクルマといえる。その印象は、走り出しても変わらない。市街地、峠道、高速道路を試したが、どのシチュエーションでも本当に乗りやすい。峠道では、SH-AWDによる前輪の左右独立駆動システムが、鋭く、かつ安定したコーナリングを楽しませてくれる。その感覚は、まるでNSXが道路に吸い付いているようだった。これなら、雨天など路面状況が悪い時でも安心して走行が楽しめるだろう。
市街地走行のみ「クワイエット」モードを選んだが、スーパーカーのNSXがするすると静かに動き出すのも、ちょっと面白かった。ただ刺激もカットされるので、オーナーなら限定的に使いたくなる機能かもしれない。
また、乗り心地に優れている点にも忘れずに言及しておきたい。このクルマであれば、助手席からのクレームもないはずだ。高速道路でも、AWDによる安定性の高い走りと快適な乗り心地が確認できた。これなら、ロングドライブも楽々とこなせるだろう。ぜひ一度、トライしてみたいと思う。
乗りやすくて快適。誰に対しても間口の広いスーパーカーに仕上がっているNSXだが、いうまでもなく限界ははるかに高い。腕に自信のあるドライバーを喜ばせるクルマとしても、その出来栄えは上々だ。
開発責任者に聞く2019年モデルの進化と真価
乗って楽しい新型NSXだが、具体的に、2019年モデルとなってどのような進化を遂げているのか。新たにLPLに就任した本田技術研究所の水上聡氏に聞くと、「ドライバーとクルマの一体感を高め、日常と同じようにサーキットで運転しやすく、かつ速く走れる。しかしながら、乗り心地などの快適性も犠牲にしないよう、全面的に進化させた」とのことだった。
水上氏はダイナミクス性能、つまりはクルマの運動性能の方向性を決める立場にあり、2代目NSXの開発にも携わった人だ。現行型NSXを熟知していて、改良の鍵となるダイナミクス性能の専門家でもあったことが、LPLに指名された要因だったという。
2019年モデルから、NSXの開発拠点は日本に移っている。ただし水上氏は、「NSXは先代同様、世界共通仕様で開発したモデルであり、効率を重視した開発・生産体制をとっている。アメリカ製だったからといって、アメリカ重視のクルマ作りをしていたわけでない」と強調する。あくまで、最適な人物を開発主査に任命し、最適な場所で開発を進めるというのがホンダの方針のようだ。「ホンダに入社する人は、ホンダに思い入れがある人ばかり。ホンダ車への思いは共通する」とも水上氏は付け加えた。
ちなみに、NSXを2代目として復活させたテッド・クラウスLPL(水上氏の前任)は、初代NSXに惚れ込んでホンダに入社した人物であり、日本での駐在経験を持つなど、日本の事情にも精通している。つまり、2代目NSXもホンダマンが作り上げたスーパースポーツであることに変わりはなく、“メイド・イン・USA”というよりも“メイド・イン・ホンダ”と呼ぶべきクルマなのだ。
扱いやすく実用性にも気を配ってあるが、性能はスーパーカーそのもの。そのオールマイティな性格は、まさに日本車らしい心配りが作り出したものといえる。実は、迫力に満ちていた初代NSXも、乗ってみると運転しやすいクルマであった。NSXの伝統はしっかりと受け継がれているのである。
(大音安弘)