年金額が減額されるけれども早くもらえる「繰上げ年金」と、もらう時期を遅めて増額された年金をもらう「繰下げ年金」。リタイア年齢が近づき、年金生活を意識するようになると、年金の受給時期や金額について真剣に考える必要性が出てきます。リタイア後の収入源として大切な公的年金ですから、老後資金の準備状況とともに、それぞれのメリットとデメリットを考えながらより良い選択をしたいものです。
ベストな答えは選べない?
老後のために60歳まで払い込んできた年金ですから、最も得をする方法で年金を受け取りたいと思うのが人情です。しかし実際、「最も得な方法」というのは後になってみて初めてわかるものです。
公的年金は、いったん年金の支給が開始されると一生涯もらうことができる終身年金の制度です。繰上げしようと、繰下げしようと、65歳からもらおうと、長生きするほど年金を多くもらえるという基本は変わりません。
ただ、人の寿命は誰にも予測できませんから、年金をいつまでもらえるかという答えは「そのとき」になってみないとわかりません。選んだ答えが「最も得な方法」だったのか、「正しい選択」だったのかは、未来においてのみ明らかになるのです。
「損益分岐年齢」をチェック
とはいえ、毎回受給する年金額のように、あらかじめ知ることができるものもあります。まだ60歳まで期間のある人は、その後の年金保険料の払込みをどうするかによって年金額が変動する可能性はありますが、ねんきんネットを使えばこれまでの年金記録に基づく将来の年金見込み額や、今後の職業や収入予想に基づく受け取り見込み額を試算できるのです。
その金額を65歳から受け取ることを前提に、繰上げした場合と繰下げした場合の年金額を計算することは可能です。繰上げ受給は1カ月繰上げるごとに0.5%減額され、繰下げ受給は1カ月繰下げるごとに0.7%増額されます。
仮に、老齢基礎年金(国民年金)と老齢厚生年金(厚生年金)を合わせて年間で150万円もらえるものとして、繰上げ、繰下げ、原則年齢のそれぞれのケースで確認してみましょう。ここでは月単位ではなく、年単位で請求するものとします。
色づけした部分は、このケースでの各受給開始年齢による損益分岐点になります。例えば、60歳で繰上げ受給するなら、75歳までは繰上げ受給のほうが得だけれども、76歳からは原則どおり65歳からもらっていたほうが得だったことになります。
同様に、70歳での繰下げ受給をする場合なら、80歳までは原則どおり65歳からもらうほうが得だけれども、81歳からは繰下げ受給した方が得をするということになります。
繰上げと繰下げ、判断のポイント
結論から言うと、「あまり長生きしないなら繰上げ、長生きするなら繰下げ」を選択した方が生涯の年金受取額が多くなり、お得です。ただ、やはり上述したように自身の寿命は予知できないので判断が難しいですよね。
そのうえ、老後の生活資金は損得だけでは選べない個々の事情もあります。例えば、
■親の介護で急にお金が必要になった
■60歳以降に収入がなく、貯金もなくなりかけてきて生活に困りそう
などという場合は減額されても繰上げ受給を選ぶ必要があるかもしれません。逆に
■65歳以降も働き、収入があるからすぐに年金をもらわなくてもいい
■預貯金が充分にあるからすぐに年金に頼らなくてもいい
などの条件に該当する人は、自分の可能な範囲で最大限に繰下げし、年金額を増やすのもいいかもしれません。
人それぞれの事情や考え方がありますが、繰上げ・繰下げ・通常受給の判断のポイントは、長生きするかどうかというよりも、60歳時点での収入や資産の状況ではないかと筆者は考えます。
受給額に納得できるかどうかも大事
繰上げする場合でも、繰下げする場合でも、その都度受け取る年金が家計の大部分を担うことになる家庭がほとんどでしょう。リタイア生活での家計をやり繰りするため、1カ月当たりどのくらいの収入が欲しいのか、そしてその金額で納得できるかも大切な着眼点です。
必要性にかられて繰上げ受給する場合は別ですが、収入の目標額があれば選択しやすくなります。例えば、上記のケースでは、65歳から受け取る場合は月々125,000円ですが、毎月150,000円程度は欲しいと考えるなら、67歳まで待つと月々146,000円もらえる計算になりますし、もう1年待てるならば150,000円を 超えます。
その際には、年金から引かれる介護保険料や国民健康保険料(保険税)、後期高齢者医療保険料、住民税なども考慮しておくことが大切です。そもそも年金制度は複雑な仕組みなので、自分だけで判断に迷ったら専門家に相談するのがおすすめです。
■ 筆者プロフィール: 續恵美子
女性のためのお金の総合クリニック「エフピーウーマン」認定ライター。ファイナンシャルプランナー(CFP)
生命保険会社で15年働いた後、FPとしての独立を夢みて退職。その矢先に縁あり南フランスに住むことに――。夢と仕事とお金の良好な関係を保つことの厳しさを自ら体験。生きるうえで大切な夢とお金のことを伝えることをミッションとして、マネー記事の執筆や家計相談などで活動中。