新田真剣佑、北村匠海、黒島結菜、杉咲花、高杉真宙、竹内愛紗、橋本環奈、萩原利久、坂東龍汰、渕野右登、古川琴音、吉川愛(50 音順)が演じる12人の未成年たちが、廃病院で集団自殺を確実に実行すべく奮闘する問題作『十二人の死にたい子どもたち』(原作:冲方丁 監督:堤幸彦 以下『シニコド』)が公開中。

去年、『シニコド』の情報が発表になったとき、十二人の俳優の顔がわからないようになっていて、少しだけのぞく顔のパーツや、短い映像の「死にたい」という声などから誰が誰だか推理する楽しみがあった。その後、11人の俳優が明かされたが、ただひとりだけ秘密のままの女性がいた。12月下旬まで、役名“秋川莉胡”で紹介されていたその人物は、橋本環奈だった。すばり当てていた人もいっぱいいたようだ。

秋川莉胡は芸名で、自殺の集いにはリョウコとして参加しているという設定。誰もが知る人気女優の秋川莉胡がなぜ「死にたい」のか……とても気になるではありませんか。

  • 橋本環奈

リョウコは宣伝のみならず、映画の中でも長らく帽子とマスクで顔を隠している。演じる橋本環奈は、福岡で活動していたときの「奇跡の1枚」の写真が話題になって、この美少女は何者? と一躍注目され、全国区の人気に。だからこそ、彼女の魅力の筆頭にどうしたって“美少女”が挙げられる。だが、アイドルを卒業し、俳優になってからの橋本は、俳優への矜持からか、主に、福田雄一監督作『銀魂』シリーズ、『斉木楠雄のΨ難』『今日から俺は‼』などで、美少女なのに激しい変顔も厭わず、見る者を驚かせてきた。そのきっぷの良さ、豊かな表現力とそれによるみごとなギャップが彼女を“美少女”ではない(美少女だけど)“俳優”なのだと周知させた。それだけではまだまだ……ということなのか、橋本環奈は『シニコド』で、その顔自体を封印してしまった。なんて俳優だ。

よく考えてみたら、『シニコド』は、新田真剣佑、北村匠海、高杉真宙のイケメンを全員眼鏡にし、橋本環奈の顔を隠し、黒島結菜を化粧っ気なく髪の毛ひっつめにして、杉咲花は黒ずくめ。いまどきのイケメン、美少女のオーラを完全封印している。みんなそろって“死にたい子どもたち”役だから、控えめというのは筋が通っているともいえるけれど。

美少女とは精神の表れ

話を戻して。若干、リョウコに関するネタバレを。決定的なことは書かないが、まっさらな気持ちで見たい方は、お気をつけください。

橋本環奈が『シニコド』で最後まで顔を見せなかったら、さすがに、ファンならずとも拍子抜けするだろうし、ある瞬間、ようやくその顔を見せることになる。そこは安心してほしい。その場面は映画の見どころのひとつでもある。そして、それこそ、橋本環奈が圧倒的な美少女であることが効を奏する。堤監督はプレスシートで「国宝級美少女」と讃えていて、まさにそういうありがたい感じがして必見だ。眼鏡をかけて地味にしていた子が、あるとき、眼鏡を外して大変身という少女漫画などによくみられる伝統芸のアップデート版といえるような場面。姿勢がよく、すっと長くのびた首にそっと乗った小さな顔。宝石自体も素晴らしいが、それを乗せた台座もすばらしく値打ちがありひれ伏すみたいな感じなのである。このときの、現世に絶望し、死にたいと思いつめている少年たちの反応が受ける。

でも、実のところ、橋本環奈、おそるべしと思うのは、御尊顔を表す前から、力が発揮されていることなのだ。顔を隠してもなお圧倒的な自信が漂っていて、只者じゃない感じがするのだ。リョウコ役を橋本環奈にキャスティングした人はすばらしい。あることをしている様子をある人物にくもりガラス越しに目撃される場面でも、ぼんやりしか映っていないにもかかわらず、いわゆるオーラがあった。

着ているワンピースが素材も高級のちょっといいものということも助けになっているのかもしれないが、美少女とは見た目だけでなく、精神のあらわれなのだと橋本環奈には思わされる。インタビューしていても、立て板に水という話し方で、頭の回転がよいなあと目を見張るばかり。

任せなさい感を出していた橋本

自信が人を美しくさせるのか、美しいから凛となるのか、コロンブスの卵のようではあるが、何にも動じない強さを感じさせる俳優だ。主演映画『セーラー服と機関銃 —卒業—』(16)では、突然、女子高生ながら暴力団の親分として組を率いるヒロインを演じ、それもよく似合っていただけあって、ものすごく小柄にもかかわらず、強烈な、任せなさい感がある。『シニコド』でも、古川琴音演じるミツエ(ゴスロリ少女)がリョウコに感情をぶつけるシーンで監督が何テイクも重ねたとき、芝居を受ける橋本が「何度芝居を繰り返しても大丈夫ですよ」と任せなさい感を出していた。そういうふうにしてもらえると相手役は安心するだろう。そうかと思うと、杉咲花演じるアンリ(理屈ぽくキツイ物言いをする少女)と対峙する場面では、互いが一歩も引かない、タイマン! という迫力を見せる。

とにかく、なんだかすごいとしか言えないのだが、橋本環奈は、つまるところ、美少女であることを、何倍にも効果的に使っているのである。美少女を元手に、ギャップで驚かせたり、外観だけでない精神性の強さに思いを馳せさせたり、顔を見せないけど先入観を生かしてなんかすごそうと思わせたり、何通りものイメージを付加していく。まるで、元手を何億にも増やす、やり手のトレーダーみたいな俳優だ。橋本環奈を「美のトレーダー」と私は呼びたい。

■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、ノベライズ『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』 など。5月29日発売の蜷川幸雄『身体的物語論』を企画、構成した。

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