2020年3月に改称される予定の4駅の駅名標(プレスリリースより)

京浜急行電鉄(京急)は1月25日、2020年3月に4駅の駅名を改称すると発表した。これによると、大師線産業道路駅が「大師橋駅」、京急本線の花月園前駅が「花月総持寺駅」、同じく仲木戸駅が「京急東神奈川駅」、そして逗子線の終点新逗子駅が「逗子・葉山駅」と、それぞれ新しい駅名を名乗ることになる。

このうち産業道路駅は、大師線の連続立体交差化事業により、2019年3月3日に地下駅となる予定になっており、駅名の由来となっていた、同駅東側で交差する「産業道路(神奈川県道6号東京大師横浜線)」との踏切が廃止されるため、地元からも改称の要請が上がっていた。大師橋とは、川崎市と大田区を結ぶ産業道路の多摩川に架かる道路橋であり、地元のシンボルである川崎大師から名前を取っている。道路にちなむ駅名という、伝統にも配慮したものと思われる。

ほかの3駅は、産業道路駅の改称計画をきっかけに2018年9月、京急が創立120周年記念事業として小・中学生から駅名改称案を募集した、「わがまち駅名募集」において集まった案を参考に決定したという。品川や横浜、金沢文庫、三浦海岸など、他社線乗り換え駅や「公共施設、神社仏閣、歴史的史跡などの最寄り駅として広く認知されている駅」だとして26駅は改称の対象外。そのほかの駅は、2018年10月10日を期限として新駅名を募った。結果、応募総数は1,119件にのぼったというが、その割には改称の規模は4駅(大師橋駅を含む)と、最小限に留まったという印象だ。

新駅名はどうやって選ばれたのか

花月園前駅は、1914年から1946年まで営業していた遊園地「花月園」にちなむ駅名で、遊園地の閉鎖後は同名の競輪場になっていた。しかし2010年には競輪場も閉鎖され、駅名の根拠を失っていたがために、改称も妥当かと思われる。地元に親しまれた花月を残し、駅近くにある曹洞宗の大本山「總持寺」にちなんで総持寺をつけた。ただし、總持寺の最寄り駅はJR鶴見駅または京急鶴見駅である。

仲木戸駅はJR京浜東北線・横浜線東神奈川駅の至近にあって、乗り換え駅(下車後、少し歩く)として機能しており、特に横浜線沿線と羽田空港を往来する客には重宝されている。JR駅と同じ「東神奈川」という文字を使った「京急東神奈川駅」としたのは、「駅名が異なることで乗り換え可能な駅としてお客さまから十分に認知されていない」ことが理由なのだという。

けれども、今はネット検索の時代である。例えば横浜線の小机駅から羽田空港への経路や乗り継ぎ時刻を検索すると、東神奈川~仲木戸乗り換えルートとその所要時間が示される。仲木戸には、羽田空港アクセス列車であるエアポート急行も停車する。ちなみに仲木戸とは、徳川将軍が宿泊した「神奈川御殿」の木戸が由来である。

京急仲木戸駅改札口からJR東神奈川駅をみる。数十メートルしか離れておらず、乗り換え客は多い

新逗子駅は1985年に京浜逗子駅と逗子海岸駅を統合して誕生した駅だが、ブランド力が高い「葉山」を付けることになった。なお、葉山町には鉄道はない。新逗子駅から葉山町の中心部までは、路線バスで10分ほどかかる。

羽田空港国内線ターミナル駅発「新逗子」行きのエアポート急行。この行先表示も駅名改称により「逗子・葉山」行きに変わる

小・中学生の意見は反映されたのか

今回の駅名改称と「わがまち駅名募集」との関連は、今のところ「参考にした」としか表明されていない。新駅名が、募集により寄せられた案にもとづくかどうかも、明らかではない。ただ、改称後の駅名は、子どもらしい発想によるものとは思えない。

一方、100年以上も地域に親しまれた駅名が維持されて、安堵している住民も多いのではなかろうか。難読駅名として改称対象となっていた雑色(ぞうしき)、追浜(おっぱま)、逸見(へみ)といったところは、現状維持となった。

10駅には「副駅名標」が付く。写真は難読駅のひとつ追浜駅の例(プレスリリースより)

もとより、今回の「わがまち駅名募集」に対しては肯定的な意見は少なく、批判が多かったように見受けられる。私自身も、地域のアイデンティティの否定につながるとして、この施策には賛成しかねており「京急の企業イメージにも影響するので慎重な対応を」と、2018年10月29日付けの記事で意見を述べた。

今回の施策において、改称対象となった駅周辺地域や自治体に対して、事前の説明があったかどうかも明らかではないが、地元にとって「寝耳に水」の改称計画であったとしたら、反発は十分に予想されるところだ。改称する4駅は、ある意味、地元の同意が得られた駅なのだということだろう。

駅名の重要性を考えてみる

改称される4駅は、旧駅名を「副駅名標」にするという。例えば鮫洲駅には「鮫洲運転免許試験場」、日ノ出町には「野毛山動物園」など近隣の著名な施設を副駅名標としており、それらと同じような駅が駅が生まれることになる。これらは駅名標の看板に、新駅名に添えて旧駅名が表示される。現在、京急鶴見駅に「副駅名称広告」として「京三製作所本社」と付いているが、これは広告の一環。だが、今回副駅名が付与される4駅は、京急鶴見駅とは異なり、無償で表記すると京急は説明している。

広告として駅名標に表示されている会社名の例

この副駅名標は「誘客促進」につながると、京急が判断した駅につけられる。誘客を優先するのなら、開業時の花月園前駅のように、施設名をダイレクトにつけた方が効果は高いと思われるのだが、そうならなかったところに「改称しづらい」理由が透けて見える。

最近では山手・京浜東北線の新駅の駅名「高輪ゲートウェイ」が物議を醸したが、新しく生まれる街と、その玄関口であるという事情をおもんぱからない、感情的な論が目立った。歴史的文化的背景を持つ、開業から100年以上を経た駅名、あるいはそれ以前から存在する地名とは、事情が異なる新駅だ。高輪ゲートウェイ駅は江戸時代が海、明治以降が鉄道施設用地で、住民はいなかった。高輪は歴史ある地名ではあるけれども、隣接する地域でしかない。

駅名とは、これほどデリケートなものである。鉄道会社にとって、商品名のひとつであるといえよう。だが、そこに住まい、毎日利用している地域住民にとっては、やはり「アイデンティティ」でもあるのだ。昨今の駅名をめぐる動きによって、そのことが再確認できたと感じる。

(土屋武之)