マネースクールのファイナンシャルアカデミーは1月12・13日、東京ビッグサイト(東京都江東区)にて「お金の教養フェスティバル2019」を開催した。

  • 通算15回目、初の2日間開催となった「お金の教養フェスティバル」(写真:マイナビニュース)

    通算15回目、初の2日間開催となった「お金の教養フェスティバル」

同イベントでは、タレントのボビー・オロゴン氏ら総勢10名の著名人が「キャッシュレス時代に考えたいお金のこと」をテーマに講演を実施した。

本稿では、1日目の最後に登壇した東洋大学国際学部教授・慶応義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏による講演の模様をお届けする。

2001年、小泉内閣の経済財政政策担当大臣に就任したことを皮切りに、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣などを歴任し、現在も財政界で存在感を放ち続けている竹中氏。同氏は2019年を「経済が大きくスイングし、揺れ動きながら力強く前に進む1年」とし、新しいお金との付き合い方を考える上で大切な、テクノロジーの台頭による産業構造の変化、社会の潮流などについて語った。

2019年の経済が大きくスイングする2つの要因

「最近は、大きく動くときは1日で3~4%ほど株価が動きます。大発会でも株価が大幅に下がりましたが、今年はこうした大きな揺れがいくつもあるだろうと思います」と話を切り出した竹中氏は、その揺れの要因としてアメリカに関連する2つの事柄に言及した。

「2008年9月にリーマンショックが起き、アメリカ経済は約10年間景気回復を続けています。短期的に経済を良くすることは、公共事業や大幅な減税でお金をばらまけば比較的簡単にできます。アメリカの経済指標がいいのは、その効果がまだ続いているためです。昨年12月にニューヨークに行った際も、私の想像以上にアメリカのエコノミストは楽観的でした。昨年1月と2月に大幅な所得税の減税と法人税の減税をトランプ大統領が行ったことが最大の理由です」

「しかし、当面は悪くなくともこれだけの財政赤字をつくり、金利が上昇すると、新興国での通貨安・インフレのリスクから、相場も大きく動きます。財政赤字拡大と金融引き締めの典型である1980年代前半のレーガノミクスでは、高金利・ドル高、双子の赤字が生じ、1985年のプラザ合意に至っていますが、リーマンショック以降、超金融緩和を正常化するイグジット(出口)を求めている中で、どこかで大きな修正がくるという不安が付きまとっています」

もうひとつの要因は、GDP1位と2位の米中の対立だ。アメリカの貿易赤字のうち半分近くを占める対中貿易赤字の是正のため、中国からの鉄鋼やアルミに対して25%の関税をかけたことに端を発しているが、事態はアメリカ型資本主義と中国型の国家資本主義との極めて根深い対立の様相を呈している。

「かつて中国のように自由がない国は、やがてはイノベーションに行き詰まると思われていました。ところがビッグデータを集めるという点で、中国の国家資本主義はとんでもない力を発揮している。昨年1月のダボス会議でドイツのメルケル首相は『これからの経済競争は1にも2にもビッグデータの競争である』と演説し、中国が13億人のマーケットからアメリカやヨーロッパの企業を締め出し、アリババやテンセントを育て、ときには個人情報保護を無視してまでビッグデータを蓄積するというやり方をとったことに危機感を示しました」

中国で6億人が使うスマホ決済アプリ「アリペイ」などを運営するアリババは、蓄積したビッグデータを活用することで人工知能による都市の管理統制プロジェクトを展開。これを「シティブレイン」と名付けパッケージ化し、東京をはじめ世界中に売り込みを始めた。マレーシアの首都クアラルンプールはすでに購入を決めているという。

「本日のテーマのキャッシュレスも、単に便利というだけでなく、ビッグデータを集め、産業全体を強化するのに必要なわけです。アリババは、人工知能によって本社のある杭州市の交通信号の最適化を実施しました。交通混雑率は平均20%低下し、救急車が現場に到着する平均時間は半減した。申し上げたいのは、アメリカのGAFAや中国のアリババ、テンセントなどが持つビッグデータがいかに大きな力を持っているかということ。これまでの中国のやり方にアメリカが拳を振り上げたこの対立は、相当長引くと考えなくてはいけない」

加熱する第四次産業革命のインパクトとは

現代社会がある意味でディストピア的な世界に限りなく近付きつつあることは想像に難くないが、ビッグデータや人工知能による新たなビジネスが今後の経済の大きな推進力となり、全く違う産業社会を形成していく流れはもはや避けられないだろう。竹中氏は、「AI」「ロボット」「ビッグデータ」といったテクノロジーが、すでに身近な生活の中に浸透している現状を明言した。

「例えば、法務省の入国審査官による出入国の手続きは、仰々しい言い方をすれば国家権力の行使にあたりますが、いまや羽田や成田空港ではパスポート写真と持ち主の顔を顔認証し、3秒で手続きが可能になっています。iPhoneⅩが顔認証でロック解除できることは多くの方がご存知かもしれませんが、重要なのは、すでに国家権力の行使の最前線で実際に人工知能が使われているという点です」

「『インダストリー4.0(第四次産業革命)』という言葉は、2011年にドイツで行われた世界最大の産業見本市と呼ばれるハノーバー・メッセで初めて使われました。人工知能の専門家・松尾豊さんは、カナダの研究者を中心に、ディープラーニングの技術が一気に発達した2012年頃から人工知能の画期的な進歩があったとしていますが、第四次産業革命の動きが今年一段と加速してくることは間違いないでしょう」

2011年に起こった東日本大震災やその後の政権交代が起きたタイミングなども重なり、初動の段階で日本社会全体がこの動きを認識するのに若干後れをとったというのが竹中氏の見解のようだ。しかし、2016年には安倍内閣の成長戦略の中で第四次産業革命への対応が盛り込まれ、政策を打ち出しつつあるとも付け加えている。

「昨年の暮れにはサンドボックスに関する法律も通りました。自動運転技術を確立するためには、既存の道路交通法の規制を外して実験できるようにしなければなりません。公園の砂場を意味するサンドボックスはイギリスがいち早く取り入れた仕組みで、自由に試行錯誤できる場所を指します。さらに世界では、第四次産業革命の成果を全て実装する街・スーパーシティ建設の動きもあります。スーパーシティ構想を昨年秋の未来都市会議で私が提言したところ、総理と官房長官が興味を持ち、担当の片山さつき大臣に検討するよう指示しました。今は法律作成の準備に入っています」

第四次産業革命を体現した都市の計画はスケールの大きい挑戦的な試みだが、グーグルはカナダ・トロントをスマートシティ化する都市開発を開始。中国も北京から約100キロ地点に未来都市・雄安の建設を進め、日本の代表的企業にも高い自由度を与える条件で猛烈な誘致があると指摘した。

「先に述べた羽田や成田の顔認証で使われている機械は、パナソニックの機械です。ニューヨークのJFK空港でも、テロリストか否かを確認するためNECの機械による顔認証が導入されています。日本企業にはそれだけ優れた技術があるんですが、GAFAやアリババのように第四次産業革命を力強く牽引するような企業は出ていない。この状況が今後どうなるかは、日本経済や投資家にとって極めて重要です」

「経営の世界では“アジャイル”という言葉が近年注目されています。日本では何かをやろうとするとオールorナッシングで100点満点を目指しますが、今の時代それでは結局何もできない。とにかくやってみて問題が出たら改良する、そういうことができる企業に注目したいと思うわけです」

新たなテクノロジーの台頭による産業構造の変化や人生100年時代の到来、そしてキャッシュレス化をはじめとするお金の形そのものの変化。激動の時代に賢い投資家・賢い生活者であることは一筋縄ではいかないようだが、今回の竹中氏の未来構想は実に示唆に富む内容であったと言えるだろう。