バブル経済とともに幕開けした平成もあとわずか。出版界では、さまざまなベストセラーが世に送り出されましたが、実はほとんど読んでいない……なんて人もいるのでは。 そこで、「これだけは平成のうちに読んで!」という話を書店員に聞いてきました。

本屋の新井さん

本の街・神保町。老舗「三省堂書店」の2階に新井見枝香(あらい・みえか)さんというちょっと知られた書店員がいます。『本屋の新井』(講談社)というエッセイを出版するほどの本の目利きと聞き、黒髪の文学少女を想像していくと、とっても気風のいい女性が……!

  • 三省堂書店 新井見枝香さん(写真:マイナビニュース)

    三省堂書店 新井見枝香さん

神保町本店では2階の文庫売り場を任され、あちこちに手作りポップを掲出するなどして、読書愛あふれる売り場を作っているのです。

  • 書棚に掲出された手作りポップ

    書棚に掲出された手作りポップ

本題に入る前に、新井さんの好みを聞くと、「比較的新しい本が好きですね。過去の名作を追うのもいいんだけど、同じ時代を生きている人が書いたものを、同じタイミングで読むことができるってすごいことだと思うんです」とのこと。

まさに、平成読書を語ってもらうにふさわしい人ですね。では、おすすめを教えてください!

新井さん「千早茜さんの『男ともだち』(文藝春秋)です。この作品は、新井賞(※新井さんが独自に設けた賞。業界内外からも注目されている)を作るきっかけにもなりました。

  • 『男ともだち』(千早茜/文藝春秋)

    『男ともだち』(千早茜/文藝春秋)

主人公の女性が自分と同年代ということもあって、同志のように思っています。この作品をリアルタイムで読めたことはラッキーだなと。異性のともだちとの関係が恋愛のようにも読めますが、私は仕事小説だと思っています」。

―仕事小説って、引き込まれるものがありますよね。

新井さん「仕事小説はたくさんありますが、仕事の紹介で終わってしまいがちです。小ネタを紹介して『あるある』で終わるなら小説にする意味がありません。できれば、きちんと物語があるものを手に取ってほしいなと思います。それでいうと、『おい! 山田 大翔製菓広報宣伝部』(安藤祐介/講談社)っていう本もおすすめですね。

  • 『おい! 山田 大翔製菓広報宣伝部』(安藤祐介/講談社)

    『おい! 山田 大翔製菓広報宣伝部』(安藤祐介/講談社)

お菓子会社に勤める山田が、販促のために、会社のゆるキャラになるお話です。『山田』のキャラクターが立っていておもしろいですよ。仕事小説といえば、『おい! 山田』の作者の安藤祐介さんは、印刷工場を舞台にした『本のエンドロール』という作品も書いています。

これは『おい! 山田』ともつながりがあるので、ぜひ両方読んでほしいです。どんな会社にも、従業員の数だけ物語があるのだな、と気付かされました」。

―実用ジャンルだとどうですか?

新井さん「有賀薫さんの『スープ・レッスン』(有賀薫/プレジデント社)ですね。本来は実用書コーナーに置くべきなのに、担当の文芸売り場でも紹介しています(笑)。

  • 『スープ・レッスン』(有賀薫/プレジデント社)

    『スープ・レッスン』(有賀薫/プレジデント社)

料理本ですが、有賀さんの文章は隅々まで読んでほしいです。Webメディア「cakes(ケイクス)」で連載していたときからずっと読んでいて、実際にレシピを見ながらスープを作りました。彼女の料理は地に足がついています。

よく料理本を買ってその通りにやろうとしても、仕事帰りにスーパーへ行ったら、売り切れている食材が多かったり、煮込む時間がなかったりします。

でも、この本はそういうことまで考えたレシピだし、ものすごく練られています。有賀さんを知るだけで、料理への意識がかなり変わると思いますね」。

―公私混同でけっこうですので、思い出の1冊を教えてください。

新井さん「以前音楽をやっていて、髪がピンク、水色、緑、青、オレンジを経て最終的に白くなって、毛が溶けました(笑)。そんなロックしてた時代も本は好きで、その時に出合ったのが、『すべてがFになる』(森博嗣/講談社)です。

  • 『すべてがFになる』(森博嗣/講談社)

    『すべてがFになる』(森博嗣/講談社)

シリーズものなので、読み終わりたくないと思いつつ、先が気になってものすごい勢いで読破しました」。

さらに読みたい3選

まだまだ語りつくせない本の話。もったいないので、追加情報として掲載します!

●『祐介』(尾崎世界観/文藝春秋)
「クリープハイプのボーカル、尾崎世界観さんの作品。クリープハイプというバンドはほとんど知らなかったのですが、編集者から強く勧められて、読んだらすごくおもしろかった。こういう小説を書く人がどんな音楽をやっているんだろう? から入り、クリープハイプにキレイにハマりましたね。悔しい」

●『少年と少女のポルカ』(藤野千夜/キノブックス)
「20年ほど前の作品なんですが、全く古さを感じさせません。むしろ今の時代に合った内容だと思いました。最近キノブックスという出版社から文庫として復刊しましたが、こうして表紙を変えて再登場することで、新しい読者に知ってもらえます」

●『震える牛』(相場英雄/小学館)
「もともと、食肉をテーマにした社会派サスペンスとして売れてはいたんですが、カバーに『平成版 砂の器』というキャッチコピーを入れたら売れ行きが加速しました。平成最後の年ということもあって、平成というキーワードがよかったのかもしれません」

去りゆく平成という時代を惜しみつつ、豊かな読書体験を楽しみたいですね。

取材協力

新井見枝香(あらい・みえか)
1980年東京生まれ。三省堂書店に勤務する文芸書担当。アルバイトで入社後、契約社員を経て正社員に。独自の文芸賞「新井賞」や、作家を招いたトークイベント「新井ナイト」など、数々の取り組みが注目を集め、「プッシュする本は必ずヒットする」と話題になる。昨年10月に『本屋の新井』(講談社)を出版。