1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で、線路ごと崩壊したJR六甲道駅をわずか74日で復旧させた男たちの実話をもとに描く、カンテレ開局60周年特別ドラマ『BRIDGE はじまりは1995.1.17神戸』(カンテレ・フジテレビ系、15日21:00~23:18)。主演の俳優・井浦新は、震災が発生した当時20歳の自分を「あの時はただただ未熟で、すぐに行動を起こすという手段も発想もなかったです」と振り返る。
しかし、今作で復旧工事を担う建設会社の工事所長・高倉昭を演じたことによって、震災への印象だけでなく、人間観にも大きな変化があったという井浦。絶望の中で見出した一筋の光とは――。
■経験ないことだらけの作品
――まずは今回の作品のオファーを受けた際の心境から伺わせてください。
阪神・淡路大震災は目を背けてはいけない出来事ですが、つらくて目を背けたい人たちもたくさんいるということをすごく感じるんです。その中で、どうやって自分の体と心を使ってたくさんの方に見ていただける作品にできるのかというのが自分にとって挑戦になると思い、そういう意味で、やりがいのある素晴らしい作品に関わらせていただけるなという気持ちがありました。また、事実に基づいた作品、実在の人物がモデルの作品というのは、役者の仕事を生業にしていてもなかなか出会えないものなんです。この作品は、自分自身経験がないことだらけでしたが、どこまで近づけることができるのかというのも大きなチャレンジになり、その部分でもやりがいを感じたのが最初の心境でした。
――その「近づける」ために、何か行ったことはあるんですか?
撮影の期間に自分ができることって、実はそんなに多くないんです。自分の中に刻まれている東日本大震災のときに東京で体感した恐怖をもう一度呼び覚ますということがまず1つ。また、僕が演じる高倉のモデルとなった岡本(啓)さんがやってこられた仕事を、映像や資料からとにかく丁寧に自分の中に入れていくという作業をしました。
そして、撮影前にどうしてもやっておきたかったこと、これが一番大事だと思ったんですが、今の六甲道駅に1人で行ったんです。そこには、日常の生きている駅があったんですけど、駅の周りを散策してモデルの焼鳥屋さんを見たほか、高架の下を見たときにチョークの跡が残っているのを見つけたんです。映像資料を見たときに、チョークで指示を入れる姿を覚えていたので、実際にその跡なのかは分からないのですが、今の自分と当時が一気につながったような感覚になりました。そういうイメージを膨らませるという作業は、撮影前に僕ができることとして全部やっておきたかったんです。
――実在の出来事やモデルの人物がいる作品では、毎回やられることなんですか?
そうですね。歴史上の人物だったり、亡くなった方を演じるとなった場合はお墓参りに行ってごあいさつします。でも、役者なら当たり前のことだと思いますので、とにかく当たり前のことを当たり前にやって撮影に臨んだという感じです。
■モデル人物との対談で芝居が変わった
――そして、モデルの岡本さんともお会いになったんですよね。対談の中で、岡本さんの「強いリーダーシップ」という言葉に、井浦さんが特に反応されていたのが印象的でした。
それは、僕が質問をしていく中でバスっと出てきた言葉だったんです。僕はあの対談で、岡本さんが何をやっていたかということよりも、当時どんな気持ちだったのかということに興味があって、心を知ろうとずっと尋ねたんです。ただ、大阪から六甲道駅に向かっていくと、神戸の街並みがウソのような世界になっていた中、それを見たときにどう感じたのかを質問させてもらったんですけど、返ってくる言葉はすべて、六甲道駅をどうするかということなんです。それはどういうことなんだろうと、質問しながら感じ取ろうとしたんですけど、やはり岡本さんの頭の中には、本当に六甲道をどうするかということしかなかったんですね。
もちろん、心を痛める出来事が周りではきっと起きているし、傷つくこともあったはずなんですけど、それを強い精神力で受け止めながら、「1秒でも早く駅を復旧させるために自分には悲しんでいる暇なんてないんだ」という気持ちが「強いリーダーシップ」という言葉に感じられたんです。その気持ちは、この役を演じる上でとても大きな手がかりとなりましたし、実際にそういうことを思って言うセリフもあったので、あの対談によって芝居が大きく変わったと思います。
――そうして役作りを行っていったんですね。
でも、僕はこの作品で本当に共演者の方々に恵まれていました。共演経験のある方が何人かいて、それはすごく心強いですし、モチベーションにもなったんですけど、高倉の同僚の磐巻組の面々(佐藤隆太、松尾諭、波岡一喜、浅香航大)は、みんな初共演で同世代も多いんです。同じ年代の役者さんと一緒に芝居をするのは久しぶりでもあったので、皆さんがどういうものを現場に持ち寄って、どんなセッションができるのか、楽しみだったんです。だから、どんなに資料を見たり、現地に足を運んだりしていろいろ考えて準備をしてきても、現場ではどんどん良い方向に変わっていくものなんです。
■とんでもない美術セットでタイムスリップ
――今回の作品は、震災の様子を表現するためにCGをかなり駆使されていると伺いました。目の前にないものを意識して演技するという難しさもあったのではないでしょうか?
たしかに難しいところはありましたし、微妙な目線の位置で壊れた六甲道駅を見るというシーンでは「失敗しちゃったかな…」と不安になることもありました。でも、それによって演技にマイナスになるということは、僕の中では一切ありませんでした。例えば、共演者たちと何もないグリーンバックの前で芝居をするときに、「こんな人もいれば、あんな人もいるんじゃないか」といったように、みんなで話し合いをして意識を共有し合い、そこでイメージしたものを芝居に出していくということをやっていましたから。
それに、実際に六甲道駅が目の前になくても、その周りのガレキなどは、美術スタッフの方たちがとんでもないセットを用意してくださっていたので、その場にいるだけで日常とは違う非現実的な世界にタイムスリップすることができるんです。だから、役者としては本当に芝居がやりやすい現場でした。
――チームワークの良い現場だったんですね。
今回本当にありがたかったのは、スタッフに“ケンカツ”(ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』18年7月期放送)で一緒だった方が多かったので、チームワークができ上がった状態で作れているという感覚があったことなんです。ドラマ制作のチームをゼロから作っていくのはすごく大変で、それが単発のスペシャルドラマという短い期間の中で作っていくとなるともっと大変なんですけど、その労力を意識せずにやらせてもらえたのは、すごく良かったです。コミュニケーションがすごく取りやすい現場だったので、はじめましての共演者の方たちを含めて、短い期間でグッと一体感を持てたという意味でも、やりやすい現場でした。