サラリーマンにとって出世は一つの目標だが、昇進できる人間は限られている。しかし、出世は無理でも出家はどうだろう。競争社会で疲れ果てたサラリーマンが、仏の道に進むことはできるのだろうか。

僧侶となるには専門知識を学ぶ必要があるのか。そもそも親が僧侶でなくても大丈夫なのか? そんな素朴な疑問を解消するため、現役僧侶がいるという「坊主バー」を訪れた。

歴史ある飲み屋街へ

丸ノ内線「四谷三丁目駅」から徒歩数分。新宿通りから北に向かって広がる、歴史ある粋な飲み屋街のなか、坊主バーはある。

  • 石畳が残る粋な飲み屋街

  • 雑居ビルの中にある坊主バー

仕事に人間関係にと、悩み多きサラリーマンの駆け込み「寺」のような存在と聞くがその実態は……? 出迎えてくれたのは、店主の藤岡善信(ふじおか・よしのぶ)さん。浄土真宗本願寺派の僧侶だ。

僧侶になったきっかけ

――そもそもなぜ僧侶になったのですか?

藤岡さん「ボクシングの体育推薦で駒澤大学に入学し、練習の一環として、精神を強くするため個人的に瞑想を取りいれていました。

そんな日々の中、『生きるとはとどういうことなのか?』と考えるようになって、さまざまな人に会いました。キリスト教に答えを見出した時期もあり、マザー・テレサに会いにも行ったことも」。

  • 坊主バー 店主 藤岡善信(ふじおか・よしのぶ)さん

淡々と話す藤岡さんだが、マザー・テレサに会おうとする行動力は尋常ではない。しかも、実際に会えたらしい! しかし、直観的に自分の居場所ではないと悟ったそうだ。

藤岡さん「仏教の心の眼が開いたのは、二十歳過ぎ。仏教詩人の坂村真民(さかむら・しんみん)、浄土真宗の開祖である親鸞の言葉がきっかけです。すべてのことが自分の中で納得いった感覚がありました」。

――仏門に入ると決めてからの進路は?

藤岡さん「僕はただ仏教の勉強がしたかっただけで、僧侶になるつもりはありませんでした。築地本願寺に専門の学校(東京仏教学院)があり、親の大反対を押しきって、大学に通いながらそこでも学びました。

僧侶になるための特殊な専門学校みたいなところで、入学には保証人が必要でしたが、偶然が重なり入学できました」。

藤岡さんによると、僧侶となるには保証人(僧侶、師匠のような人)が必要で、探すのが大変だという。もちろん、そのあとの学びや修行も大変だろう。

藤岡さん「そのあと、普通に就職して働こうかなと考えはじめたときに、『坊主バーのオーナーをやらないか』というお話をいただきました。坊主バーは大阪ではじまり、東京にも出店することになったのです。

僕の実家は日本料理や精進料理のお店で、実家の手伝いをした時期もありました。ですから、飲食で働くことに抵抗はありませんでした。なお大阪と東京で、オーナーは異なりますが、同じグループとなります」。

  • 坊主バーの店内。様々な仏教用具が置いてある

サラリーマンから僧侶になれるか?

――お客さんから仕事がツライ! 出家したい! という相談はありますか?

藤岡さん「お客さんから『仕事がツライから出家したい』という相談があればお話はしますが、職業としての僧侶はおすすめしていません。

僧侶とは『道を求めるもので職業ではない』から、逃げの場所としてこの世界に入っても、別の嫌なことに直面すれば同じようにまた逃げてしまうだけだからです」。

それでも、本気で僧侶になりたいのなら、大学で仏教思想を学ぶべきだという。体系的に仏教を学び、「仏教とはどのようなものなのか」を知るべきだそう。

坊主バーはお酒を売るためだけでなく、布教の場としても作られた場所。実際、坊主バーをきっかけに僧侶となった人も数名いるという。

藤岡さん「現在は御朱印や僧侶がブームですが、ブームになると去っていくだけです。もう一歩みなさんに踏み込んでもらえたらいいなと思います。出家しなくても、家に仏壇がなくても日常の中で手を合わせたり、お経を読んだりすることはできます。

さらに言えば、お経の意味を理解して実践してほしいですね。それこそ、真の仏教の姿です。お釈迦様は誰でも仏になれると説いていますし、本来はどんな人にでも仏教の道は開かれています」。

  • 藤岡さんには、「ワークライフバランス」をテーマにした企業からの講演依頼もある

藤岡さんは「心の出家をしてほしい。心にお寺を持つのが出家」と言う。仕事やプライベート、サラリーマンは日々多くの問題と直面しながら生きている。

最終的には自分の心の問題に、どう向き合うのかが大事だろう。自分なりの拠り所を、心の中に持てるようにしたい。

取材協力

坊主バー
東京都新宿区荒木町6 AGビル2F
TEL 03-3353-1032
営業時間 19:00~25:00(日曜・祝日定休)