今や軽自動車から高級車まで幅広い車種がそろうSUV。従来では考えられなかった新規参入も多く、最近ではショーファードリブンの王様「ロールス・ロイス」までが大型高級SUV「カナリン」を投入したほどだ。クルマ好きでなくとも知っているドイツのスポーツカーメーカー「ポルシェ」は、このムーブメントの立役者のひとりといえる。
ポルシェのSUVは悪路に強い? 体験イベントに参加
ポルシェは2002年に初のSUV「カイエン」を発表し、世界的な大ヒットを巻き起こした。構造は全く違うが、パワフルなエンジン、スポーツカー顔負けの走行性能、一目でポルシェと気付かせるデザインなどから、「車高を高くした911」と例える人がいたほどだ。
ポルシェSUVの間口を広げたのが、2014年発売の「マカン」だ。カイエンよりも小さく、よりスポーツカーライクなキャラクターが際立ったマカンは、価格が600万円台に抑えられたことで、「サラリーマンが買えるポルシェ」ともいわれた。今でもその人気は絶大で、ポルシェの日本販売の約3割を占める。
こうしてポルシェの大黒柱へと成長したマカンだが、ワゴンやセダンのように使用されることが多い日本では、主に都市部を走る「アーバンSUV」だと思われがちだ。SUVの真価ともいえる悪路走破性を気にする人は、そこまで多くないだろう。
カイエンも含め、果たしてポルシェのSUVは、本当にSUVらしいたくましさを備えたクルマなのだろうか。その実力を垣間見るのに絶好のイベントがあったので、参加してきた。
ポルシェのSUVは、やはりSUVだった!
「ポルシェ・オフロード・アドベンチャー」と名付けられたイベントは、ポルシェディーラーである「ポルシェセンター目黒」など、國際株式會社グループの5拠点が合同で開催したものだ。会場は山梨県南巨摩郡早川町の早川オートキャンプ場。ここのオフロードコースでポルシェSUVに試乗してもらおうという趣向だ。当日はポルシェユーザーの50組80名が参加。もちろん、それぞれが愛車で走行するわけではなく、ディーラーが用意した試乗車の「カイエン」と「マカン」で一度ずつ、決められたルートを試乗した。
このコースでは普段、オフロード走行の愛好家が走りを楽しんでいる。大きな傾斜や段差があり、日本の日常ではまず遭遇することのない悪路だ。オートキャンプ場より低い場所にオフロードコースがあるため、試乗の様子を俯瞰することができたのだが、予想以上にクルマが上下左右に揺すられていることが分かった。
試乗車は全てオートマで、走行中は基本的にアクセルオフ。ブレーキで速度調整を行う。時速8km以下の走行だ。アクセル操作は段差や傾斜を乗り越える際、もう少しパワーを引き出したいシーンに限られる。のろのろ運転に思えるが、道の先を確認して進む悪路は、安全確保のため低速走行が基本だ。実際、速度が上がれば、それだけハンドルやブレーキ操作も手早く行う必要があるため、速度が遅い分、操作にゆとりも生まれる。そのため、速度が遅いと感じることはなかった。
同乗するインストラクターの指示を受けながら、木々に囲まれ、起伏のあるコースを進む。安全は確保されているのだが、運転中はちょっとした冒険気分が味わえ、ワクワクする。当然だが、ポルシェのSUVは悪路を難なく走ってくれた。
マカンとカイエンを比べると、カイエンの方が悪路走破性は高いが、これは性能差というよりも、キャラクターの違いといった方がいいだろう。ポルシェが作ったSUVがカイエンであり、SUVをスポーツカーに仕立てたのがマカンだといえば分かりやすいだろうか。SUV然としたカイエンならまだしも、よりスポーティなキャラクターのマカンがここまで走れることに驚いた参加者は多かったようだ。
参加者に話を聞いてみると、当然ながら集まっていたのはクルマ好きばかりだったのだが、オフロードコースはほとんどの人が初体験だった様子。ましてや、愛車のポルシェで走った経験のある人は皆無だった。このため、自身の愛車が、もしもオフロードに乗り出したらどのくらいの性能を発揮するものなのか、強い関心を持っていたようだ。
試乗コースは、初心者でもインストラクターのアドバイスがあれば安全に走れるコースだった。より本格的な走行性能を見せるためか、オフロード走行のエキスパートがカイエンでデモンストレーション走行を実施し、厳しい勾配や傾斜路を難なく走破してみせていた。そのテクニックとカイエンの悪路走破性能の高さに、来場者たちは魅了されていた。私の知る限り“最も遅い”速度域でのポルシェ試乗会は、大成功に終わったようだった。主催者によると、終了後のアンケート結果では、参加者のほとんどが好印象・高評価であったという。
ポルシェディーラーがSUVを悪路で走らせる意味
驚くべき点は、このイベントがポルシェのインポーターであるポルシェ・ジャパンではなく、ディーラー主催によるものであったことだ。顧客との接点の多い営業マンやサービスマンが、「どうすればポルシェの魅力をより顧客に伝えられるか」と思案した結果が、同イベントの開催へとつながったのだ。また、同グループのポルシェディーラーでは、約半分がSUVの顧客だということも大きく影響しているだろう。
ポルシェのSUVといえば従来、「ポルシェ」である点ばかりがフォーカスされ、話題となるのはスポーツ性能や多用途性ばかりだった。つまり、SUVの美点である悪路走破性について語られるケースはまれだったのだ。そんな中、今回のイベントは、SUVであれスポーツカーであれ、ポルシェを走らせる楽しさや操る喜びは共通しており、大切なのは、その実力を発揮させるシーンであることを実感させてくれた。
正直、ポルシェといえば911の存在が大きい。「911か、それ以外か」という見方があるのも確かだ。しかし、今回のイベントでポルシェディーラーは、カイエンとマカンのSUVとしての実力に着目し、伝統の水平対向エンジンを搭載しないモデルでも、本物を追求してものづくりを行うポルシェの姿勢をユーザーに訴えた。同イベントはポルシェユーザーの所有欲を高めるためだけでなく、市場にSUVが増え続ける中で、ポルシェSUVの存在感をアピールするためにもよい機会となったはずだ。
商品の良し悪しもCMではなく、インフルエンサーとなる人物の発言が重視される時代。特に高級車は、ユーザーの紹介で販路が拡大することも多い。ポルシェにもマカンのように、価格は高めだがファミリーカーとしても使用可能なクルマが登場したことで、ユーザー層は広がりを見せている。サーキットでの試乗会を得意とするポルシェでも、今回のようにピクニック感覚で参加できて、クルマの性能を安全に楽しめるイベントのニーズが、今後は高まっていくのかもしれない。
(大音安弘)