普段から何気なく利用している飲料の自動販売機。大手飲料メーカーが設置している自販機では、全国一律で商品が提供されているのがほとんどだが、独自路線で商品選択をしている飲料ベンダーがある。JR東日本ウォータービジネス(以下、WB)だ。

街中の自販機の場合、日本コカ・コーラなら「コカ・コーラ」「綾鷹」「ジョージア」、キリンビバレッジなら「生茶」「午後の紅茶」「FIRE」、サントリー食品インターナショナルなら「伊右衛門」「ペプシコーラ」「BOSS」といったお馴染みのラインアップが販売されている。

ところが、出張や旅行などで、新幹線や在来線を利用する際、駅の自販機で飲料購入時に「オヤッ」と感じることがある。上述した街中の自販機ではあまり見かけない飲料がディスプレイされており、しかもメーカーもバラバラだからだ。特に産地を前面に押し出した飲料が多い。もっとも有名なのは「愛媛みかん」。これは果汁飲料で有名なPOMジュースとタイアップした「acure」(アキュア)ブランドの製品だ。acureとは、JR東日本WBが販売する飲料の主力ブランド。このほかにも、「From AQUA 徳島ゆず×ジャスミン」「青森りんご つがる」「青森りんご きおう」といった飲料がある。

左から「愛媛みかん」、「From AQUA 徳島ゆず×ジャスミン」、「青森りんご つがる」。産地を強調した果汁飲料が多い

スープの取り扱いが多いJR東日本WBの自販機

そして、JR東日本WBのラインナップのもうひとつの特徴が、スープ類。定番の「濃厚deli コクとろ コーンポタージュ」「じっくりコトコト とろ~りコーン」「濃厚deli オニオングラタン風スープ」のほかに、「じっくりコトコト 濃厚デミグラススープ」や「トマトのスパイシースープ」、そして「しじみ70個分のちから」まである。さらに今秋、「ふかひれスープ」まで加わった。スープ類のラインナップをこれほどそろえている自販機飲料ベンダーはなかなか見かけない。

スープや味噌汁といった飲料が多く並んだ自販機。スープコーナーの上には「自販機のスープ飲料は異端か!?」というキャッチが貼られている。これは2019年1月31日まで実施されるキャンペーンの告知のため。右は新投入された「ふかひれスープ」

だが、1台のacure自販機に、これらのスープ類すべてが用意されているわけではない。JR東日本WB 営業本部 商品部 齋藤誠氏は、「駅の特性を考えて商品のラインアップを決めています」と話す。たとえば住宅街の駅。朝出勤する際に、遅刻しそうになったら朝食を抜くことがあるだろう。そうした場合に、手軽に朝食気分が味わえるコーンスープ類などの需要が高くなる。また繁華街近くの駅では、お酒を飲み過ぎた人が多いと考え、しじみ汁を用意する。スープというわけではないが、近くに学校が多く存在する駅では、夕方になると炭酸飲料が多く売れるらしい。これは、下校時に学生たちが炭酸や甘めの飲料を購入しているためで、それを考えて炭酸・果汁飲料などを多く並べる戦略を採るのだという。

JR東日本WB 営業本部 商品部 齋藤誠氏

工夫を凝らした自販機で独自の販売効率を追求

では、どうやって駅ごとに最適な飲料のデータを入手しているのだろうか。それは「Suica」で購入した情報をビッグデータとして利用しているからだ。Suicaの登場以来、小銭で飲料を購入せず、Suicaのタッチで済ます人が多くなった。そうした情報を無線LANで収集し、「この駅ではこういう需要がある」という判断に活用する。もしJR東日本の駅でacureの自販機を見かけたら、商品ディスプレイ左上部分に注目してほしい。無線LANアンテナを確認できるだろう。ただ、こうしたデータ収集は「いたしかたなく」というのが本音だそうだ。JR東日本WBの飲料販売チャネルは、ほぼ自販機。対面販売の機会が少なく、POSデータの収集が行いにくいという事情がある。

Suicaでの購入データを蓄積して、商品ラインナップの参考にする。右の写真のディスプレイ左上に黒い突起が確認できる。これが、無線LANアンテナだ

このように、JR東日本WBは飲料ラインアップだけではなく、自販機にも工夫がされている。その代表例が「イノベーション自販機」だろう。これは、商品ディスプレイ部分にタッチパネルを採用した自販機。「acure pass(アキュアパス)」というスマートフォンアプリを導入すれば、事前に飲料を選択しておき、イノベーション自販機にスマホをかざすだけで購入できる。また「LINE」「Facebook」「Twitter」などでURLを家族や友人に送れば、本人でなくとも飲料を入手可能だ。

ただ、このイノベーション自販機にも泣き所はある。まず、上述した機能があまり知られていないこと。そして高齢者や外国人の多くが購入の仕方で悩む場合がある。以前、若者がイノベーション自販機で飲料を購入した際、遠巻きで見ていた外国人から驚嘆の声が上がったのを見たことがある。とにかく知名度を高めるには、まだまだイノベーション自販機の設置台数を増やしていく必要がある。

先進的な技術が投入されたイノベーション自販機。ただそれだけに、「購入の仕方がわからない」という層が生じるジレンマもある

そしてJR東日本WBの最大の強みは、路線での販売をほぼ寡占できること。以前、新潟に取材した際、東京駅で「谷川連峰の天然水From AQUA」を購入。新潟では偶然「JR東日本ホテルメッツ」に宿泊したが、客室には谷川連峰の天然水From AQUAがサービスウォーターとして2本置いてあった。さらに復路の新潟駅でacureブランドの「朝の茶事」を1本、そして東京駅に着いてから朝の茶事をもう1本購入。つまり、1泊2日の行程で、JR東日本WBの飲料を5本飲んだことになる。まさに“線”で販売していることの好例だろう。

一方、弱みもある。それは、独自に飲料を生産できず、純粋なオリジナル商品に乏しいこと。オリジナル商品となると天然水From AQUAぐらいで、ほかは飲料メーカーから仕入れたり、共同企画したりとなる。前述した濃厚deliシリーズはダイドードリンコ、じっくりコトコトシリーズはポッカサッポロフード&ビバレッジから仕入れている。acureブランドのスープ、ふかひれスープは永谷園と、朝の茶事は伊藤園との共同企画だ。設置自販機が“線”に限定されているので、大量生産する拠点が必要ないというのが純粋なオリジナル商品が少ない理由だ。ただ言い換えると、それだけに小回りの利いた仕入れが可能となり、駅ごとのニーズに合わせた商品選択が行えるのだと思う。

左は永谷園と共同企画したフカヒレスープ。右は伊藤園と共同企画した朝の茶事

さて、最後に「ごく一部の人に御社がなんて呼ばれているか知っていますか?」と、少々脱線した質問を投げてみた。すると、齋藤氏もインタビューに同席した同社 企画本部 企画部 小室塁氏も「もちろん知っていますよ。『ウォータービジネス』だけに“水商売”と呼ばれていることですよね!?」と、“ニヤッ”と笑みを浮かべながら答えた。以前は、企業名の改称という意見もチラホラあったそうだが、今は立ち消えた。両氏とも「あだ名で呼んでもらって親しみを覚えてもらう方が、企業としてはありがたいですから」と結んだ。

(並木秀一)