数年前、日本に相次いで上陸した外資系ハンバーガーレストラン。各店の“その後”を追跡中の“ハンバーガー探求家“松原好秀さんは、「カールスジュニア」(Carl's Jr.)の日本展開に「ローカライズ」の妙味を見出したそうだ。黒船バーガーが続々と来航したことで活気づいた本邦ハンバーガー業界では、日本勢による“歴史的な出来事”も起こったという。以下、松原さんからの報告だ。
あえて一等地を外した? カールスジュニアの独特な出店術
「シェイクシャック」(Shake Shack)と「ウマミバーガー」(UMAMI BURGER)の動向は前回の記事でお伝えしたとおりだが、今回は独特の奇妙な店舗展開を見せている米国カリフォルニア発のハンバーガーレストラン「カールスジュニア」に注目したい。
世界に194店のシェイクシャック、20店余のウマミバーガーとは桁違いの3,700店を展開する大手バーガーチェーン、それがカールスジュニアだ。日本上陸は2016年3月。その一風変わった出店場所が毎度話題を呼んでいる。
カールスジュニアは東京・秋葉原を日本上陸の地に選んだ。次いで神奈川県の「ららぽーと湘南平塚」に2号店、東京・自由が丘に3号店を続けてオープン。銀座、青山、六本木など、都内でも一等地の、ブランド力の高いエリアに1店目を出すのが海外企業の定石だが、カールスジュニアはそんな決まりごとなどお構いなしに、独自の打ち出し方をしてくる。まさに「我が道をゆく」ハンバーガーチェーンだ。
一見すると奇妙な1号店だが、しかし、近年の秋葉原はオタク文化の聖地にして、外国人観光客がこぞって訪ねる世界的な観光スポットでもある。銀座や青山などとはまた別種の情報・文化の発信地だ。そんな世界の“Akiba”への出店は狙い通りの成果を上げた。以降も「秋葉原は男性客」「平塚はファミリー」「自由が丘は女性客」と、それぞれ異なる層へ訴えかけて、いずれも確かな手ごたえをつかんでいる。「各店のターゲットは狙ったとおりになっている」とカールスジュニアジャパンのスーパーバイザー森一樹さんは自信をのぞかせる。
そしてこの秋、カールスジュニアは立て続けに2店舗をオープンした。注目は神奈川県の横須賀市に出した4号店だ。都内に十分な店舗数がない中で、なぜまた神奈川なのか? そして横須賀だったのか?
横須賀店が日本攻略の海岸堡に?
横須賀は海上自衛隊と米海軍、2つの基地がある軍港の街である。米軍基地がある関係から「出店して欲しい」というリクエストは以前から多く、ゆえに「ずっと物件をチェックしていた」と森さん。2018年10月にオープンした横須賀中央店は「三笠ゲート」という米軍横須賀基地の通用口から徒歩3分の場所にある。オープン当初の客の実に9割以上が米国人だったそうだ。
そして、横須賀市はここ10年、「ヨコスカネイビーバーガー」という観光事業に市を挙げて取り組んでいる。同事業は2008年11月、当時の在日米海軍司令官から横須賀市長へ、両者の「友好の象徴」としてハンバーガーの「レシピ」が贈呈されたことに始まる。以後10年、市内の飲食店、地元行政、米海軍が協力し合って活動を続け、今では首都圏において一定の知名度を得るブランドにまで成長した。カールスジュニアが出店したのは、そんな「ハンバーガーの街」なのである。ネイビーバーガーとカールスジュニアがどんな化学反応を引き起こすのか。今後が楽しみな出店だ。
ウマミバーガーやシェイクシャックと違い、カールスジュニアには日本限定の独自メニューは存在しないが、代わりに、店づくりに関する「ローカルな工夫」がさまざまに見られる。例えば、湘南平塚店は大型商業施設に入る店舗のため、施設側から「キッズスペースの確保」と「動線を大きくとって欲しい」という要望があり、それに対応している。
今度の横須賀中央店はドルでの支払いに対応している。しかし、いざフタを開けてみると、米国人客は現金よりも「クレジットカード」で支払うケースがほとんど。だから、レジには常に決済機が出してある状況だ。また、カウンター席には、さまざまな形状のソケットに対応可能なコンセントを設置している。
横須賀店が日本展開のモデルケースに
さらに、この横須賀中央店そのものが、今後の国内展開を見越して「ローカライズ」された造りになっている点にも注目したい。
これまでの3店はどこも店舗面積40坪以上で、自由が丘店に至っては120席を誇る「大箱」だったが、今度の横須賀中央店は面積30坪、席数45席のコンパクトな造りだ。厨房機器も数を整理し、これまで米国製ばかりだった機器の調達を国内製に切り替えた。「この店舗のカタチを丸々そのまま増やしていける」という「ローカライズ」を、横須賀出店を機に実現した格好だ。
11月30日にはお台場に5号店がオープン。こちらは「ダイバーシティ東京 プラザ」内の800席からなる巨大フードコートの一角を占める店舗だ。ところ変われば客層も店構えも変わる。似たような店舗を重ねず、各店それぞれに異なる目標やターゲットを持たせた出店をカールスジュニアは心がけているように思われる。名より実をとった展開だ。
「ブラザーズ」がハンバーガー業界に起こした革命
最後に、米国からの上陸組ではなく、国内のハンバーガー専門店がこの秋に起こした、日本のハンバーガー史上における「大事件」について触れておこう。
日本橋人形町の「ブラザーズ」(BROZERS')のことを知っている人も多いだろう。まだ都内にハンバーガー専門店が数えるほどしかなかった2000年、グルメバーガーの草創期にオープンした店である。人形町にレストランとデリバリー店の計2店、銀座の新富町に1店、江東区の東雲に1店と、これまで計4店を展開。また、ハンバーガーの優秀な人材を多数輩出していることでも知られ、ブラザーズでの就業経験をいかして独立したハンバーガー店の例が全国に20以上もある。カールスジュニアジャパンの森さんも実はブラザーズの出身だ。
そんなブラザーズがさる9月25日、5店目となる店舗を「日本橋高島屋 S.C.」新館7階のレストラン街にオープンした。これはすごい事件だ。日本を代表する百貨店のレストランフロアに「ハンバーガー」の専門店が入ったのである。それも大企業の経営でなく、個人経営からスタートした町場の小さな店が、ついに一流百貨店に店を構えるまでになったのだ。
「人形町今半」「すきやばし次郎」「レ・カーヴ・ド・タイユヴァン」「帝国ホテル」など、そうそうたる店が名を連ねる中に「ハンバーガー」が並んでいることの意味。ついこの間まで1個100円の「おやつ」程度にしか思われていなかった「ハンバーガー」が、高級料理と肩を並べるに至ったこの事態は、まさに時代の変わり目、ものの価値観と既成概念が大きく変わった歴史的な瞬間である。
「高島屋」出店でハンバーガーは別次元に
高島屋ブラザーズの入り口にあるショーケースをのぞいてみると、「チーズバーガー」が1,300円(税抜き)、看板メニューの「ロットバーガー」は1,850円(同)とある。これは人形町の本店と全く同じ値段で、高島屋だからと言って特別高くしているワケではないのだが、いずれにせよ、こうした専門店のハンバーガーを一度も食べたことがない人からすると、ビックリするような値段に違いない。そこで、「高島屋」という名前が効いてくる……高島屋が選んだ店のハンバーガーなのだ、これぐらいの値段がするのはむしろ当たり前のことなのだ、と。
「高島屋」という名前が持つ信用と信頼が、その値付けの正しさを保証してくれる。1個千数百円するハンバーガーの存在を肯定してくれる。後押ししてくれる。そういうステージに、ハンバーガーとブラザーズはついに上がったのである。
今まで「高い」と思われていたものが、そう思われなくなる瞬間。今まで「安物」と思われていたものが、そうばかりではないと認識された瞬間。2018年の9月25日に起きたのは、そういう歴史的な出来事だった。これを機に、日本におけるハンバーガーの存在と位置は、今後ますます幅のあるものとなり、そして真の意味で、普段の生活や食事の中に浸み込んでいくだろう。日本のハンバーガーが、ブームから定着へと確実に向かっていることを示す出来事だと思う。
(松原好秀)