大手飲料メーカー、キリンホールディングス(以下、キリン)から相次いで取材のお誘いがあった。ひとつは岩手県・遠野市、もうひとつが長野県・塩尻市。
お酒好きなら、この2つの地名を聞いてわかる方もいるかもしれない。そう、遠野市はホップ生産が有名なところ。塩尻市はブドウのヴィンヤード(農園)が点在する場所だ。つまり、ビールとワインの原料生産地となる。
まず遠野について。遠野は、作家・柳田國男が記した「遠野物語」でも有名だ。柳田は“民俗学の父”とも呼ばれ、多くの物語を集め、遠野物語を完成させた。なぜ、遠野に多くの物語が伝わったのか。それは、7つの街道が集まる交通の要衝で、旅人や商人が各地の伝承を伝えたといわれているからだ。そして、雪に閉ざされた冬に、民家で地元の方々がその物語を語り合ったため、多くの物語が伝承されたというのが有力な説だ。
さて、遠野物語から離れてビールの話に移ろう。実はビールは苦戦している。昭和期にはもっとも人気のあるお酒として、親しまれた。ただ、今は当時の約3割減の消費量といわれている。
クラフトビールに視線を注ぐビールメーカー
こうした状況のなか、ビールを扱う企業は、新たなジャンルに注目し始めた。それは、いわゆる“地ビール”だ。20年ほど前、地ビールブームが訪れたが、現在はそう呼ばれていない。「クラフトビール」という名前が定着している。
遠野で醸造されているビールもクラフトビールだ。遠野の農園で生産されたホップを、地元のビール工場に運び、そして醸造。そうして生まれたクラフトビールを、キリンが流通させている。
もちろん、「一番搾り」や「ラガー」のような流通量ではない。ほんのわずかの流通量だが、ビール人気の復調のためにもクラフトビールは期待されている。そして、毎年この時期には遠野産ホップを使用した「一番搾り とれたてホップ生ビール」が販売される。遠野産ホップを使ったビールに興味があれば、手にとっていただきたい。
ワイナリーの新設を急ぐメルシャンの動き
一方、長野県・塩尻市ではワインの原料となるブドウが生産されている。塩尻市にある桔梗ヶ原という場所にヴィンヤードを拓き、ブドウ栽培が行われている。なお、ワインに関しては、キリン傘下のメルシャンが事業主体だ。ここで生産されたブドウによる「桔梗ヶ原メルロー」は、リュブリアーナ国際ワインコンクールでグランド・ゴールド・メダルを受賞したことで有名。以来、海外からの引き合いも強くなった。
これまで「シャトー・メルシャン」のワイナリーは甲州市・勝沼町のみだった。それが昨年から大きな動きを見せている。塩尻市・桔梗ヶ原と上田市・椀子にワイナリーを新設するとアナウンスしたのだ。
メルシャンが2カ所もワイナリーを増やすのはなぜか。まず挙げられるのが、日本産ワインの人気が向上したことだろう。和食が世界文化遺産に指定され、海外で和食人気が高まった。そうした食事にはやはり日本産ワインを合わせたいという需要が増えたからだろう。もちろん、国内でも日本産ワインの人気が高まっている。
そして、もうひとつがブドウ生産のヴィンヤードが増えたこと。ワインを醸造したくても、ブドウがなければ叶わない。その課題を解決するために農園を増やし、ブドウの収穫量を上げたことが根底にあるのではないか。
そして、いよいよ桔梗ヶ原のワイナリーが完成した(椀子はまだ)。その新設された桔梗ヶ原ワイナリーの初仕込み式に招待された。神主さんを呼んで、ワイナリーの安全を祈願したあと、仕込みが始まった。御神酒はもちろんワイン。ワインボトルの前で厳かに大麻(おおぬさ:神事で使われる棒)を振る神主さんの姿は、なかなか見物であった。
地方の農業を活性化するため国内に農園を拓く
仕込みが済んだということは、もっとも早く出荷される「プリムール」(新酒)が来年の春頃には飲めるのではないか。筆者は大のワイン好きなので、このワイナリーで醸造されたワインをいただくのが楽しみだ。
農園の話に戻ろう。もちろん、国内で生産された原料により醸造されるお酒は、少量となる。ではなぜ、キリンは国内各地に農園を保有しているのか。担当者は、「品質を調整しやすいのは確かですが、地方の農業を活性化する側面もあります」と話す。キリンは「健康」「地域社会」「環境」といった社会課題に、CSVとして取り組んでいる。こうした農園もCSV活動の一環なのだろう。
(並木秀一)