40代が就職活動をしていた約20年前、日本にはバブル崩壊による大不況が襲いかかりました。その結果、企業が新卒の採用を絞り込んでしまい、長い長い就職氷河期が到来。恵まれた就職ができずにあえぐ「氷河期世代」が誕生しました。
しかしながら、現在は好景気に沸く中で、企業の採用意欲も高まっており、新卒市場はもちろん、転職市場においても人手不足が声高に叫ばれています。もしかしたら、苦しい思いをしてきた氷河期世代も、この好景気のうまい汁を吸えるのでは!?
氷河期世代にもチャンス?
「今ならもっと大きな企業に就職できるチャンスがあると思うんですよね。今が大逆転のチャンスです!」
そういきり立つのは、Web編集者として10年近いキャリアを積んできたYさん。中堅どころの媒体社の営業として入社し、紆余曲折を経て編集者となったものの、肩書きは無しのまま。当分、出世は見込めそうもありません。
だからこそ、このチャンスに、もっと待遇のいい、そして大きくて安定した企業への転職ができないものかと夢見ています。
40代からの転職というと、一般的には管理職クラスでないとニーズがないといわれています。しかしながら、今の好景気においては、平社員クラスが転職するケースが少しずつ見受けられるようになっているらしい。
まさに「THE平社員」のYさんにとっては千載一遇のチャンスなのかも?
「Yさん、ちょっと待ってください。景気がいいからといって、そう簡単に転職できるわけではないですよ! 40代からの転職は、特にきちんと準備をしないと! そんなに簡単なものではありませんよ」
と鋭いツッコミを入れるのは、マイナビエージェントの田中裕樹さん。人材紹介にかかわる事業部で、幅広い世代の転職支援にかかわってきた田中さんの目から見て、Yさんはあまりに楽観的なんだそうです。
棚卸しから始めよう
40代の転職は、今も昔も変わらず、決して甘いものではありません。企業が人材を募集したいと考えたとき、同年代の人材に欠員が出たというケースが多く、既存の40代社員と同レベルの活躍が求められる、ということです。
40代の募集となると、マネジメントに精通したエグゼクティブ、あるいは特定分野に特化した知見や実績を持つエキスパートなどが想定されます。
また、企業には給与テーブルがあるため、目立ったとりえのない平社員の40代を、若手と同じような給料で雇えないという事情もあります。
田中さん:しかし、40代の方であれば個人差はあると思いますが、他人に語れる何らかのキャリアがいくつかあるはずです。まずは「自分が何をやってきたのか」を明確にアウトプットできることが、転職をするためにまず必要なことです。そのために自分自身の「棚卸し」からはじめてみてください。
と田中さんは40代にアドバイスします。
自分の棚卸しでは、自己の経験や強みを浮き彫りにするとともに、今の会社でどういう成果を上げて、どういう結果を残しているか。その点をまず把握することが大切です。
その上で、異なる環境の会社に身を置いたとき、自分が培ってきたスキルや経験をどう生かして行くかを想像してみましょう。
厚生労働省のサイトに「ミドル層のキャリアチェンジにおける支援技法」という項目がありますが、ここに「ポータブルスキル」という考え方が紹介されています。
ポータブルスキルとは、業種や職種が変わっても通用する、持ち出し可能な能力のこと。40代の転職では、まさにこのポータブルスキルを自分で把握することが、棚卸しをするために必要なことなのです。
深く、深く自分を掘り下げる
Yさん:なるほど。僕の場合、営業として10年、編集者として10年くらいのキャリアがあるので、ポータブルスキルはバッチリだと思います。多分、同業界ならばイケますよね!
Yさんのキャリア | |
期間 | 仕事内容 |
10年間 | Webメディアの広告営業 |
5年間 | Webメディアの広告編集 |
5年間 | Webメディアの編集 |
Yさんはまさに自信満々です。確かに経歴だけ見れば営業として培ってきたキャリアもあるので、編集一辺倒ではないぶんアピールポイントは多そうです。けれども、田中さんはそれだけでは足りないと警鐘を鳴らします。
田中さん:具体的に編集者として、どれだけ実績を残して、どのような経験を積んできたのか、営業時代にもどんな実績を残してきたのかを明確にしておいてください。そこまで深掘りしないと企業側に自分の評価ポイントが伝わりませんし、自分自身の歩んできたキャリアを明確にするためにも重要な作業なのです。ただ闇雲に、職務経歴書を作るだけでは棚卸しをしたことにはなりません。もっと深く、自分の歩んできた人生を振り返ってください。
例えば、白い大きな紙などに自分の経歴を書き込んだうえで、そこに目標達成した物事や、成果や経験を具体的に書き加え、半生を振り返ってみるだけでも見えてくるものがあるそうです。
ポータブルスキルの定義にもあった「専門知識・専門技術」、「仕事のし方」「人との関わり方」といった項目から、自分を徹底分析してもいいでしょう。
小さい軸も複数あれば武器となる
棚卸しとは、新卒採用でよく聞く「自己分析」をしていくということでもあります。今の就職氷河期の世代は、バブル時代の先輩の「面接に行けば何とかなる!」というイケイケな手法で、自己分析などせずに就活に突入してしまった人も多いのでは?
それがいきなり40代になって自分を振り返れといわれても、躊躇してしまうところもあるはずです。
けれども、これをしないと40代の転職は非常に厳しくなるでしょう。自分の軸を見つけるためにも徹底して棚卸しをしてみましょう。
とはいうものの、エグゼクティブ層なら別ですが、確固たる軸がなく、自信を持てない40代もいるのではないでしょうか?
田中さん:たとえ大きな軸がなくとも、心配しないでください。小さいことでもいいので軸を複数持っていれば、あなたの強みとなります。編集者ならばBtoB媒体に特化してきたとか、特定分野の記事を数多く作ったというのでも構いません。アピールできる要素が複数あればいいのです。
40代の長いキャリアを振り返っていけば、ちょっとした得意分野が一つや二つはあるはず。微塵も積もりて山となる――という故事成語もあります。小さい得意分野を束ねていけば、大きな武器となるかもしれません!
40代の転職は、長期戦を覚悟
Yさん:わかりました! 自分を振り返ってみて強みを発見しておきますね。とりあえず、今の会社でこのまま働き続けて、いい会社と出会ったら、ちゃっちゃと転職します。
田中さん:短期で決める考え方は危険ですよ、Yさん。40代の転職は場合によっては「長期戦」になることも覚悟してください! 20代でも転職期間は3カ月から半年かかることもあります。
40代の求人は多くが管理職求人で、また求人件数が圧倒的に少ない現状だそう。役職のない人はなおさらで、条件に合致する求人があったとしても、ライバルとの争奪戦が待ち受けています。
本気で転職するなら、期間を要することを念頭において活動する必要があります。
お祈りメールに負けない
長期戦の中で肝に銘じておきたいのは、いわゆる「お祈りメール(※)」に関すること。就活の学生が、希望の会社から内定を得られずメンタル的に参ってしまうという話がありますが、転職活動においても同様の事態は発生しており、求人が少ない40代の場合は、何度もお祈りされてしまうのは避けられないでしょう。
※企業からの不採用通知の俗称
田中さん:別にあなたが悪いわけでもなく、ただ単に企業のニーズに合わなかっただけに過ぎません。それがわかっていたとしても、不採用通知が続くと人は精神的に疲れてしまうもの。粘り強さ、忍耐力というのが、40代の転職にはことさら求められるところがあるかもしれません。
Yさん:な、なるほど。そういわれてみれば、今の会社も給料には不満があるけど、仕事の内容は決して不満があるというわけではないしな……どうしよう。
と迷いを見せているYさんですが、棚卸しをしっかりと行えば、自分の人生の目標や今いる環境なども見えてくるはず。その結果、無理に転職せず、今いる場所に留まって頑張っていったほうが自分のためになるいう選択肢もありうるでしょう。
家族の人生も背負っている方も多い40代の場合、現状としっかり向き合い慎重に考えるというプロセスも大事になってきます。
田中さん:もちろん自分のポータブルスキルが明確になっていれば、今から転職市場で勝負しても遅くはないです。繰り返しになりますが、まずは自分の棚卸しを忘れずに!
Yさんをはじめとする40代の転職希望者のみなさん、田中さんの忠告をしっかりと実行してみてはいかがでしょう。
取材協力
田中 裕樹(たなか ゆうき)
マイナビエージェント
国家資格キャリアコンサルタント
幅広い世代に向けた転職エージェントとして活躍中。並行してマイナビ社員向けの教育研修制度の充実化などにも取り組んでいる。