映画『スモールフット』

「あの……、このミーティングってそもそも意味あります?」

それは昔働いていた会社の、部署全員を集めた週に一度の「定例ミーティング」での出来事だった。「このミーティングをもう少し意味のあるものにしよう」……という議題のもとであれこれと意見が飛び交う中、ひとりの男性社員がしれっと放った一言に、室内の空気に緊張が走った。

その男性社員は日ごろから、無邪気にずけずけとモノを言うので、社内でも「天然」のレッテルを貼られた変わり者だった。そしてあろうことか、彼が異論を唱えたのは「定例ミーティング」。この部署で疑うことなく連綿と続けられてきた会議だ。もともとは大事な情報共有の場……だったはず。だが、慣習的に続けられてきたお陰で、そのミーティングを回すこと自体がもはや仕事の人もいたくらいだ。

ただ、誰も彼が言ったことを、いつものように「またあいつは……」と、笑って受け流そうとはしなかった。それは、誰もが気づかないようにしていた「本当のこと」だったから。

10月より劇場公開されているアニメーション映画『スモールフット』は、イエティのミーゴがひょんなところから人間と出会い、種族や言葉の違いを越え、絆を深めていく物語だ。『ミニオンズ』を手がけたスタッフ達が作り上げる、楽しいミュージカル楽曲に彩られたハートフルなアニメ。

……なのに、観たあとで、イエティ達のいる雪山から遠く離れた、東京の、殺伐としたミーティング風景を思い出してしまった。この映画、実はなかなかに重たいテーマを観客に投げかけてくる。

  • 本作の主人公・ミーゴ

イエティたちの間でわれわれ人間は「スモールフット」と呼ばれ、現実には存在しない、伝説の生き物とされている。しかし、主人公のミーゴは偶然にもスモールフットのパーシーと出会い、村のみんなに「スモールフットはいたよ!」とパーシーを連れて報告するのだ。そのシーンが、連綿と部署に受け継がれてきた「定例ミーティング」の存在に疑問を持って、みんなの前で口にした男性社員の姿となんだか重なってしまった。

主人公のミーゴが暮らすイエティの社会は、ストーンと呼ばれる石に書かれた教えに支えられている。例えば、ミーゴのお父さんは夜明けのゴングを鳴らす仕事を、先祖から代々引き継いでいる。だってストーンに「ゴングを鳴らさないと朝が来ない」って書いてあるから。

社会を支える教えなんだから、絶対に正しいはずだ。そしてストーンによれば、スモールフットなんて伝説の生き物はいないらしい。ミーゴが「スモールフットは実在した!」と知らしめるのは、ストーンの教えの正しさを揺るがすことと同じだった。

ミーゴはみんなをおびやかしたくてスモールフットの存在を教えたのではない。あの男性社員だって、その場にいる人を困らせてやろうという気持ちは1ミリもなかっただろう。彼らは、ただ「本当のこと」を見つけてしまい、それを無邪気に口にしただけだ。

  • スモールフットのパーシー

でも、こういう既存の秩序やルール、慣習を壊すから、あえて目をそらされている「本当のこと」って世の中にたくさんある。言わば不都合な真実。

ルールや秩序は、たしかに存在する理由がある。なくなると困る人もいる。定例ミーティングがなくなったら、それを回すために仕事をしていた人たちはどうする? かくいう自分も、そのミーティングがあったお陰で、仕事をした気になってる側の一人だった。ストーンの教えだって、その正しさが揺らいだら、ミーゴのお父さんは何を仕事にすればいいんだ。

黙って慣習に従っていればみんなが平和だったことは間違いない。では誰も、「本当のこと」に触れず、無駄な会議はずっと続けられるべきだっただろうか?

『スモールフット』はそれにNOと答える作品だ。

ミーゴがスモールフットの存在を村のみんなに教えたことで、イエティたちはストーンの教えに向き合うことにした。ストーンの教えが「スモールフットは存在しない」と伝えていたのは、スモールフットが昔、イエティたちを攻撃してきた歴史があったからだ。

しかし実際に出会ってみれば、ミーゴとパーシーが絆を深めたように、スモールフットとイエティは仲良く共存できることがわかった。かくしてイエティたちは村のルールを変え、スモールフットに開かれた集落をつくることにしたのだ。

昔の職場に話を戻そう。ここでもイエティの社会と同じことが起きた。男性社員の一言のお陰で、最終的に定例ミーティングはなくなった。あの会議があった頃は、絶対に必要なものだと思っていたのに。いざなくしてしまうと、何であんな会議をずっと今までやっていたのか不思議なほどだ。

社会のルールや秩序を変えてしまう、「不都合な真実」に、みんなで向き合うことは意外と怖くない。それは私たちのくらしをより良い方向へ変えていく。『スモールフット』が投げかけるのは、そんなメッセージだと思う。この不意打ちなシリアスさに、思わず鑑賞後にため息が出てしまった。

そして、世の中の秩序やルールを変えるためには、ミーゴやその男性社員のような、底抜けの無邪気さが必要なのだと実感する。

日本版のミーゴを演じた木村昴も、インタビューでミーゴの無邪気さ、無垢さを表現することに力を入れたと話していた。国民的ガキ大将のジャイアンを演じている木村が、無垢で気弱なイエティを演じるギャップも見所の一つだが、それ以上に、木村が演じるミーゴが、はまり役だと思える理由がある。

出会うことのなかった人間とイエティの世界を、強靭な無邪気さと好奇心でつなげたミーゴの姿は、木村自身にも重なって見える。木村と言えば声優ラップソングプロジェクト『ヒプノシスマイク』での活躍が記憶に新しい。幼い頃からHIP HOPに慣れ親しんできた木村は、この作品で、今まで出会うことがなかった、アニメ・声優などのカルチャーとHIP HOPの橋渡し役を担っている。

HIP HOPカルチャーの渦中にいる人の中には、安易にオタク文化から消費されることを忌避する動きもあっただろう。外側から見ていても、踏まえなければならない文脈がたくさんあり、絶えずSNSで論争が繰り広げられ、なんと参入するのに敷居が高いカルチャーだろう……と思っていた。

しかし木村は、盛んにTwitterでHIP HOPの名盤を紹介したり、HIP HOPカルチャーを説明したりと、その中にいる者として全力で外側に手を差し伸べる。うるさ方を黙らせるほどの勢いと、自分の好きなものをもっと知って欲しいという、HIP HOPへの純粋な情熱。ここに、木村とミーゴとの共通点を見出したくなるのだ。『ヒプノシスマイク』で声優・木村昴に興味を持ったファンならば、『スモールフット』をそんなふうに見るのも楽しいだろう。

そういえば、あの男性社員は、その後会社を辞めてしまった。退職の理由はよく知らない。ミーゴがこの映画の主人公になったように、ルールを変えるだけの無邪気さを持つ彼も、ただの変わり者じゃなく、もっと評価されていれば良かったのになと思う。

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