自動運転は、私たちの日常生活をどのように変えるのでしょうか――。これまで、どちらかというと「いかにクルマを自動で走らせるか」という技術に重きが置かれていた自動運転車の実証実験ですが、少しずつ「車内で何をするか」の検証も始まっています。KDDIが3日に長野県飯田市で実施した取り組みを取材しました。
こんな日常が?
近未来の世界を想像してください。個人旅行や出張で見知らぬ土地を訪れています。駅前で乗車したのは自動運転のタクシー。車窓を眺めていたら、街のことをもっと知りたい、と興味が出てきました。あの建物は何だろう、あそこのカフェは雰囲気がよさそうだ、向こうの桜並木は春先はキレイだろうな……。すると、移りゆく車窓の景色にARのCGが現れました。視線を向けた先に、欲しい情報が次々と表示されていきます。目的地に着くころには、すっかり街の情報通に――。
今回の実証実験は、自治体と共同で自動運転車の検証を重ねているKDDIと、リニア中央新幹線「中間駅」の建設に期待を寄せる飯田市が実施したもの。この取り組みには、KDDIと飯田市が地域活性化を目的にした包括協定を締結。本気度が伺えます。
「ターミナル駅から観光地までのラストワンマイルを、便利に楽しんでいただける技術と理解しています。早く実用化をお願いしたいですね」(飯田市 建設部の小平亨氏)。
どのような技術が使われたのか、改めて実験の概要を紹介しておきましょう。自動運転のレベルは「3」で、運転席には万が一に備えてドライバーが座ります。コースは閉鎖された一般道(約300mほど)でした。直線を時速12kmで進むと、ラウンドアバウトを時速8kmで2周し、出発地点に戻って終了です。
使用した車両は、トヨタのエスティマをベースにしたもの。屋根の上に乗せたLiDAR(ライダー)から得られるリアルな情報と、事前に計測した3Dマップ情報を一致させ、自動運転を実現しています。
筆者も体験乗車することに。ゆったりとした後部座席で特別なVRゴーグルを着用すると、なるほど、視界にCGが追加されました。ゴーグルのフロント部分に取り付けたHDカメラが体験者の目となっているわけです。
これなら同乗者の顔も見られますし、気になる景色を指さして「あれは何だろうね」などと会話も弾みます。筆者の近くにはアバターが座り、街の紹介を始めました。スピーカーからは賑やかな音楽も聞こえてきます。
今後、アバターが外国語に対応すれば、訪日外国人の誘客にもつなげられそうです。まだVRゴーグルが大きいのが難点ですが、これがメガネほどに小型化されれば、利便性もさらに上がるでしょう。
体験の模様を3分の動画にまとめましたので、そちらも参照ください。
取り組みの責任者であるKDDI 商品企画本部の水田修氏は「自動運転の実証実験を行えば、技術を確認できるだけでなく、現場からは新たな要望も出てきます。こんな機能が欲しい、といった利用者の声で開発が前に進むこともあります。そこで今回は、関係者だけでなく一般の方にも試乗の機会を提供しました」と説明します。
実際に当日は、応募・当選した一般の来場者(28名)が試乗しました。体験後、町内に住んでいる75歳の男性は「乗り心地はスムーズで、怖さはありませんでした。普段の生活道路が少し変わって見えました。途中で(ARのキャラクターが)地元の飲食店の説明もしてくれていたので、地域の活性化にもつながるのではないでしょうか」と満足気に話していました。
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飯田市に限らず、ターミナル駅と観光地、あるいは観光スポット間の距離が離れている地方都市は全国にあります。今回のような自動運転とXR技術を応用したサービスは、そうした地域で潜在的な需要がありそうです。
先のインタビューに答えてくれた地元の方は、聞けばまだ現役でクルマを運転しているとのこと。シニア世代の運転事故が増える昨今ですが、地方ではドライバー不足により公共交通機関が衰退しつつあり、簡単には免許を返納できない現実があります。そこで観光客向けのタクシーとして開発された自動運転車が、平日は地元の高齢者の生活の足としても利用される、そんなサービス展開もあるのではないでしょうか。