朝ドラ『まんぷく』(NHK総合 毎週月〜土 8:00〜8:15)が人気だ。初回から視聴率が20%を超え続け、4週が終わった時点で10%台に落ちたことがない。
朝ドラが人気とはいえここまでなのは近年稀なこと。その人気の立役者のひとりが長谷川博己である。なにしろ毎朝、Twitterトレンドに彼が演じる「萬平さん」が入っている。
『まんぷく』じゃなくて「まんぺいさん(萬平さん)」っていうタイトルにしても良かったのではないか。『マッサン』(14年)のように。
もっとも"マッサン"は玉山鉄二が演じた主人公の名前で、"萬平さん"はあくまでも主人公・福子の夫。安藤サクラ演じる福子も健気でかわいく、チャーミングな主人公とはいえ、萬平さんが主人公でも良かったように思うが、それは演じる長谷川博己が2020年に大河ドラマ『麒麟が来る』の主演(明智光秀役)を控えているから、朝ドラは女性主役で……という遠慮だろうか。
高齢者に好かれるタイプの萬平さん
萬平さんは、庶民のソウルフード・インスタントラーメンを発明した偉大な実業家・安藤百福をモデルにしている。若い頃からいろんな事業に手を出しては失敗を繰り返しながら、インスタントラーメンを作って「日清」という誰もがよく知る会社を大きくした。
伝記的な本も何冊も出ていて、やってきたことがとてもユニークで魅力的。そういう人をモデルにしているから、萬平さんはキャラクター造形がじつに魅力的にできている(脚本は月9『HERO』『ガリレオ』、大河ドラマ『龍馬伝』などの福田靖)。
天涯孤独ながら他人に迷惑をかけたくなくて親戚の家を転々として早くに独立。人のためになりたくて様々な発明を行う。頭は良くてアイデア豊富、これと決めたら頑として動かず意地っ張り。第三週では疎開先で、電気を勝手に家に引っ張ってきたり、川に電気を流して魚を大漁に捕るなど、無邪気に常識はずれなこともする。なんといっても第1週から福子に一目惚れした様子で、あれよあれよという間にプロポーズする。憎めない好人物として描かれ、おそらく、朝ドラの古くからのお得意様である高齢者の女性に好かれるタイプと思う。
姿勢よく滑舌よく品があり、お茶碗などの持ち方など所作が美しい。そんな彼を見て『おはなはん』(66年)の主人公の夫役・高橋幸治を思い出すお年寄りもいるんじゃないだろうか。
長谷川博己の知性がにじみ出る
ぼんやりしているようで、論理的なので、福子と義母・鈴(松坂慶子)の感情的な話をたしなめる。言う時はぴしゃりと言う、男らしさがまたたまらない。萬平さんに叱られたい!
丸メガネにサスペンダーという研究者ふうな出で立ちもキャラ立ちの重要ポイントだ。ジブリの『風立ちぬ』の飛行機設計家・堀越二郎の3D版といった感じ(二郎はサスペンダーではないが)。
私は、長谷川博己を<3大知性派俳優>のひとりと思っている。堺雅人、向井理、長谷川博己である。頭のいい役はどんなに頑張ってもできない人にはできない。頭の中に知識がたくさん詰まっていたり、思考する習慣がついていたりする人でないとそう見えないため、頭のいい役のキャスティングは難しい。そういうとき、この3人ならクールな頭脳をもった雰囲気を完璧に出せる。
長谷川の知性と育ちの良さが最高に発揮されたのが『シン・ゴジラ』の政治家・矢口蘭堂。世襲で政治家をやっている坊っちゃん感、理想主義者感、未曾有の危機・ゴジラに対する冷静感を堂々と演じきった。
長谷川のその魅力が堪能できれば『まんぷく』は十分まんぷくだが、『まんぷく』制作陣はまだまだ盛るから驚きだ。
萬平さんはやたらと苦悩させられるのだ。第3週では憲兵に捕まって牢屋に入れられ再三に渡って拷問される。
第4週では疎開先で腹膜炎になってのたうちまわる。病気は治るが健康診断で引っかかり兵隊になれず、「僕は何もできない」「情けない」と自責の念にかかれて号泣する。
このときの長谷川博己の追い詰められっぷりが尋常じゃない。叫びすぎてその後の撮影でたぶん、声、枯れてましたよね……と思わせるほど絶叫してみせる。
こういうシーンをやたらと挿入するのはスタッフが長谷川博己の魅力を熟知しているからだろう。
長谷川博己は、3大知性派俳優であると同時に、<2大追い詰めれられ俳優>のひとりと私は思っている。もうひとりは藤原竜也で、長谷川と藤原は地獄の炎をこの目で見たかのような恐れにまでテンションを持っていける俳優だ。それが存分に発揮されたのは園子温監督の『地獄でなぜ悪い』だろう。クレイジーな映画監督を演じた。
1日のはじまり。徐々に意識が覚醒していく朝の15分に、そんなテンションを見せてくれずともいいようにも思うが、それがないと、長谷川の全魅力が国民のみなさんに伝わりきらない。来るべき大河ドラマ『麒麟が来る』に向けての一大長谷川博己プロモーションのためにもここで伝えておくべきであるとばかりに"追い詰められ"演技もたっぷり。これで視聴率が落ちてないのだから良いと思う。
何かがダダ漏れる長谷川博己
長谷川博己は、天才と狂気が紙一重的な俳優なのである。一大発明家ともあれば、やっぱりふつうではいけない。行き過ぎたところがあってこそ。そういう意味で、知性派俳優と、追い詰められ俳優、この2点を合わせもった長谷川博己こそ、稀代の発明家・安藤百福をモデルにした人物を演じるにふさわしい。
かつて、長谷川を何作も舞台で演出してきた蜷川幸雄は「言い方が難しいんだけど。なんか気持ち悪い俳優になるんじゃないのかな。得難い個性的な俳優になったらいいなあと思ってる」と『蜷川幸雄の稽古場から』(10年)で語っている。
「言い方が難しい」と断ったうえでの「気持ち悪い俳優」。要するに、いい意味での気持ち悪さ。これは今の長谷川博己をみごとに言い得ている。例えば、『まんぷく」で布団に横たわりながら「おいで」と福子を抱き寄せる仕草は、たぶん、萌える人は激しく萌え、なんかぞわぞわする人にはぞわぞわさせたろう。
とにかく彼からは何かがダダ漏れるのである。
11月9日から新宿ピカデリーほかにて限定上映される『アジア三面鏡2018:journey』短編3部作の1作『碧朱』(松永大司監督)で長谷川が演じるのはミャンマーの鉄道開発に関わる商社マン・鈴木。
出世作『セカンドバージン』や『鈴木先生』などなぜか「鈴木」という役が多いのはさておき、エリートっぽさと、日本を越えてアジアに目を向ける視野の広さは期待どおり。そこへさらに、ミャンマーの少女への眼差しがやっぱり何かダダ漏れしていて、だからこそ長谷川でないとこの役は無理なのだろうと思わせる。知性欲も冒険欲も愛情も何もかも、すべてにおいて欲望が旺盛に見える人物(第31回東京国際映画祭の会見で「3部作全部に出たかった」と発言していたし)。草食化した日本人よ、今こそ長谷川博己になれ。
■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、ノベライズ『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』 など。5月29日発売の蜷川幸雄『身体的物語論』を企画、構成した。
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