6月29日に、「働き方改革関連法」が可決成立。時間外労働(残業)に初の罰則付き上限規制が導入され、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から適用されることになりました。

しかしこれは裏を返せば、一向に残業が減らない、なくならない日本社会の現実が、改めて浮き彫りになったようなもの。一体なぜ残業は発生してしまうのでしょうか。

そこで、さきごろ発行された『プレイングマネジャー「残業ゼロ」の仕事術』(ダイヤモンド社 税込1,728円)の著者で、これまでに働き方改革コンサルティングを約900社以上に提供してきた、ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんに、残業解消にむけた原因と対策について、話をうかがいました。

  • ワーク・ライフバランス 代表取締役社長 小室淑恵さん

残業発生のメカニズムとは

そもそも、なぜ残業は発生してしまうのでしょうか。そこには、日本がこれまでにたどってきた歴史が大きく影響していると、小室さんは言います。

「かつての日本社会にとっては、長時間労働は悪ではありませんでした。1960年代半ばから90年代半ばの日本社会は、人口全体に対する若者の比率が高かった『人口ボーナス期』。こうした、働く人材が無尽蔵にいて、人件費も安く、時間をかけてもコストが利益を上回ることがなかった時代においては、長時間労働は勝つための大事な戦略、短期間に大きく繁栄できる確実なロジックでした。

しかし、今や日本社会の人口構造は完全に変わり、高齢者の比率が上がり続けている『人口オーナス期』の真っ只中。にも拘わらず、人口ボーナス期の戦略を続けていることが最大の問題。働き手が少なく、人件費も高い。そんな中での長時間労働は、一番儲からないパターン、発展できないパターンなのです。

日本は、人口ボーナス期の成功体験が強すぎたのです。ビジネス環境が変わっているのに戦略を切り替えられない企業は、必ず過去に大成功した企業。その記憶が強いので、『おかしいな、これでうまくいくはずなんだけど』と、同じことを何度も繰り返し続けてしまうのです。

このように、今の人口構造には合わない働き方を、当時の大成功が原因で続けてしまっているところが、『残業が発生する、なくならない、社会全体における大きな原因』だと思います」

さらにもう一つ、日本人が過去の働き方から抜け出せない要因として、日本の地理的な環境も影響しているそうです。

「世界的に、まだ人口ボーナス期なのが韓国や中国。一方、すでに人口オーナス期に入っているのがヨーロッパ諸国です。日本がもっと早くからオーナス期の国々を手本にして対策を進めていれば、多くの人を活用し、一人ひとりの労働時間は短いけれども、支え手の数は確保できているという社会を確立できたと思います。

でも、その見本は地理的に遠いヨーロッパにあり、身近なところには、自分たちの過去の手法で成功している中国や韓国がいた。この地理的な関係も、日本がハンドリングを誤った大きな要因でしょう」

残業削減には意識改革

働き方改革を進め、残業を減らしていくためには、トップのコミットは不可欠です。しかし、人事部がいくらトップを説得しても、なかなかその意識を変えることができない企業も少なくありません。その要因として小室さんは、日本における、人口ボーナス期、人口オーナス期という概念の認識度の低さがあると話します。

「人口ボーナス期、人口オーナス期という概念は、世界的にはすでに常識です。しかし日本においては未だ認識度が低い。それはなぜか。今まで日本では、『団塊世代の人々が頑張りやさんだったから高度経済成長ができた』という分析が、一般的な認識としてまかり通ってきたからです。

それを、人口ボーナス期のせい、つまり人口比率が要因といってしまうと、彼らを否定することになってしまいますが、ただこれは、団塊世代の人々、ボーナス期の成功体験を積んだ今の経営者層の人々が、その時期に適切な戦略を行ってきたことの裏づけになるのです。

彼らには、ボーナス期の話からロジカルに伝えていくことが大事。自分たちが間違っていたわけじゃない。ただ単に最後の切り替えが遅かっただけなんだ。今はオーナス期で、『成功した時代と違う』と腹落ちできると、働き方改革は経営戦略なんだという認識に転換できるようになると思います」

トップが働き方改革を経営戦略と位置づけて推進しても、実際の残業を減らすためには、現場の取り組みが最も大切です。現実にはまだそのギャップが大きくあるように思えますが、状況を改善するためのポイントはどこにあるのでしょうか。

「残業は、チーム全員で取り組まないと削減できません。残業は、チームの仕組み、企業の仕組みで発生していることが多いので、一人ひとりが減らすというよりも、チーム全員で問題点を挙げ、解決し続けられる状態を作ることが大切です。そういうチーム、企業になれば、残業時間は継続的に減っていきます」

そうしたとき、大事な役割を担っているのがプレイングマネジャーだと小室さんは話します。

「現場における現実問題として、プレイングマネジャーが、往々にしてプレイング業務に偏りすぎているという状況があります。プレイングマネジャーは、自ら意識してマネジメント業務の時間を増やしていかない限り、何かあると常に自分が火消しに回るという仕事の仕方から永遠に抜け出ることはできません。

今、世の中のチームは、長時間労働をしながら必死になって働く数人と、やる気が出ないその他の人、という構図だらけ。だれかがすごく無理をしてチームのカバーをしている一方で、他の人たちは、自分は頼られていないとモチベーションダウンしています。

残業を減らすためには、チームのみんなが仕事を通じて成長し続けられているという実感を持ち、最も長時間労働だった人も、学びの時間やインプットする時間を持てるような状況にすること、いかにしてそんな好循環を生み出すかが、大きなポイントです。

それには、プレイングマネジャーが意識して自分の仕事の比率を変え、人を育てることや、チームとして目指すべき方向性や戦略をつくるといった、マネジメント業務により注力することが重要です」

  • プレイングマネジャーはマネジメント業務に注力すべきと話す小室さん