マツダ商品本部に所属するプロジェクトマネージャーの山口宗則さんは、同社のブランドアイコンともなっている軽量スポーツカー「ロードスター」に初代から一貫して携わっている方だ。おそらく、このクルマのことを最もよく知る人物の1人といえるだろう。
そんな山口さんにロードスターの初代と現行型(4代目)を運転してもらって、マツダR&Dセンター横浜の周辺をドライブする機会があったので、クルマに関する話やご自身の仕事のことなどを聞かせてもらった。
初代と現行型が共有する「ロードスター」の哲学
「チカチカするでしょ? この感じがいいんですよ」。初代ロードスターに乗り込み、NARDI製のウッドステアリングを握った山口さんが話し始めた。これは、木でできたハンドルが、ニスの具合で周囲の光を反射するさまが美しいでしょう、という問いかけだ。「NDでは、その(光を反射する)感じが欲しくて、インパネのアッパー部分なんかに、照り返しが入るように工夫してあるんですよ。チカチカっていうのがよくて」。初代からコンセプトを継承するロードスターというクルマには、こういう話がたくさんある。
写真を見ても分かる通り、ウッドステアリングは中央の部分も、クルマと接続する筒状の部分(コラムカバーという)も小さい。最近のクルマだと、この部分はエアバッグが入ったステアリングホイールに合わせてデザインするので大きくなってしまうが、この小ぶりな感じに「スポーツカーのフィーリング」があると山口さんは話す。NDでは、この部分を別のクルマと共用してもよかったところを、少しでも小ぶりに作るため、新たに設計して専用のものを取り付けている。
また、マニュアルトランスミッション(MT)車のシフトレバーにも、初代と現行型で共通する部分がある。「(シフトレバーの動きの)前後をシフトストローク、左右をセレクトストロークっていうんですけど、NDとNAは同じにしてあるんですよ、意図的に」。山口さんによると、レバーが動く距離(前後左右の可動域)を同一にしたのは、ノスタルジーを狙った工夫というよりも、初代のシフトレバーの動きがよくできているので、それを踏襲するためだったそうだ。
初代と現行型でいえば、前輪のフェンダー(タイヤを覆う部分)が盛り上がっているところも似ている。それは「格好いい」からでもあるが、この造形であれば、ドライバーは運転中、タイヤの位置を常に把握していられる。つまり、「見切り」のよさを大切にしたデザインなのだ。クルマの視界について山口さんには、こんな思い出があるという。
「NB型とNC型を作った貴島(きじま)さん(現在は山口東京理科大学教授の貴島孝雄さん)という主査がいらっしゃって、最初に仕事でご一緒したのはRX-7のFDだったんですけど、その時の合宿で、FDをどんなクルマにしたいかという話になりまして。貴島さんが、FDに乗って、部屋のコーナーにネズミを追い込んでいる絵を描いたんですよ。ネズミがフロントガラスから見えている絵だったんですけど、『ソウアンセイ(操縦安定性のこと)は視界からだ』とおっしゃって。で、クルマの運動特性は、すばしこいネズミを部屋の隅に追い込めるくらいの、そんなスポーツカーを作りたいという話で、『なんてスゴイ人だ!』と思いましたよ。こないだご本人に話したら、覚えてなかったんですけど(笑)」
“1トン”をめぐる車両重量との戦い
ロードスターの作り手たちが、初代を開発した時から一貫して意識し続けているのが「軽くすること」だ。とりわけ、クルマの重量で「1トンを切る」ことにかけては、かなりの執念を燃やしている。
「1トンを切ると俄然、楽しさが増すんですよ。このクルマ(その時はNAに試乗していた)を作った僕らは、それを知ってるんです。だから、そこを目指す。単に軽くするだけではなくて、1トンを切るところにもっていくんです」
「1トンを切ろうとして、まず一生懸命に取り組んだのはクルマを小さくすること。そして、排気量も小さくすること。2番目の取り組みとしては、構造を変えていくこと。次が材料(アルミを多用するなど)。そして、最も大事なのは、1グラムでも軽くしようという考え方そのものなんですよ。『グラム作戦』といって、これが最も志として高いんですけど、最も削減量が少ない部分でもあるんです(ちょっとずつ削っていって、全部で何百グラムというような話なので)。ただ、この意識がないと、できないんです」
「1,300キロを1,200キロにするというんじゃなくて、1トン。なぜかっていうと、初代が1トンを切ってて、このクルマを僕らは最も面白いと思っているんで、初代の面白さを出すためには、1トンを切らなければと、それは皆が思っている。NDでもそうです」
実際に、NDの最も軽いグレードは総重量990キロだ。また、NDの1.5Lガソリンエンジンは、初代が積んでいた1.6Lよりも排気量が少ないが、とかくパワーアップが求められがちなスポーツカーの進化で、排気量を下げる方向を選択するというのは、作り手に相当な意図がないとできないことだという。
電動化で避けられない重量増、どうする「ロードスター」
軽さを求めるロードスターの作り手たちにとって、クルマの電動化は頭を悩ます問題であるに違いない。なにせ、バッテリーというのは重いものだからだ。マツダは先日、2030年には全てのクルマを電動化すると発表したばかりだが、こういう状況も含め、次のロードスター“NE型”を作るとしたら、山口さんは何を考え、どんなクルマを企画するのだろうか。山口さんの個人的な意見として、想像をめぐらせてもらった。
「どうしますかねー。まず、電動化を視野に入れなければならなりませんよね。そうすると、どんな電動化にするのかという話になる。パワートレインが最も重要になります。色んなやり方があると思いますけど、守らなければならないものもいろいろあるし」
「ハード的には、FR(エンジンを前に置き、後輪で駆動する)にはこだわらなくてはならない。FRというと、エンジンが載っていることになりますよね。そうすると、電動化はハイブリッドということになります。ただ、ハイブリッドにすると、いきなり重量が上がる。エンジンにモーター、バッテリーが付くので、これは困ったな、となる」
「FRにこだわらず、後輪駆動だけにこだわるなら、バッテリーEV(電池とモーターだけで動く純粋な電気自動車)の可能性が出てきます。あるいは、レンジエクステンダー(EVの航続距離を伸ばすため、発電用エンジンを積む方法)を付けたり。そうするとトンネル(クルマの中央を縦に通っている部分)、ここにプロペラシャフトが通ってるんですけど、この距離感(トンネルが真ん中にあることで、ドライバーと助手席の間に絶妙な距離ができる)がね。今は(運転する山口さんと助手席の筆者が)ちょっと離れてるんですけど、ミッドシップにする(モーターを乗員の背中あたりに積んでEVにする)と、もっと人が寄っちゃう。それはそれで、ロードスターじゃない気もするし」
「今となっては、トンネルがあるプロポーションは、ロードスターだったり、FRのクルマにとって、1つの雰囲気になってるんですよ。これをなくすと、スポーツカーとしては成り立つかもしれないけど、ロードスターとしてはどうなんだろう、という思いもあって」
軽いまま電動化するにはどうすべきか。将来的に、ロードスターが解決すべき課題は山積みのようだが、とりあえずは「完成度の高い現行型ロードスターを少しでも長くお客様にお届けしたい」というのが、山口さんの強い思いだ。
「例えば通勤に使っていただくとしますよね。そうすると、会社で疲れたけど、帰りに運転してリフレッシュする、『走る露天風呂』っていうんですけど、そんな感じなんですよ。冬なんかオープンにして帰ると、夜でしょうから、なんか露天風呂に浸かったような、そういうリフレッシュ感を味わえますよ」
寒い日にロードスターに乗る場合、屋根を開け、暖房の吹き出し口を腿のあたりに向けて、必要であればシートヒーターも付けた上で運転すると、体はあたたかくて、頭と顔では冷たい外気を感じられる。それを山口さんは露天風呂に例える。移動時間をバスタイムさながらに、心と体をリラックスさせる時間にしてしまうのが、ロードスターというクルマの魅力なのだそうだ。
(藤田真吾)