いよいよ「40号機」の大台に
2001年にデビューしたH-IIAロケットは、これまでに39機が打ち上げられ、また6号機以降、33機が連続で成功している。前述のように打ち上げ成功率も高く、そしてオンタイム打ち上げ率も高い、優れたロケットへ成長した。
そして今回の打ち上げをもって、いよいよ「40号機」の大台に乗り、ひとつの節目を迎える。
これまで三菱重工が開発や運用を手がけたN-I、N-II、H-I、そしてH-IIロケットは、すべて10機未満しか打ち上げられておらず、40機もの数の量産、そして打ち上げを行うのはH-IIAが初めての経験となる。
数多くの打ち上げをこなすことで、かつてのロケットと比べ、どういった違いが見えてきたのだろうか。これについて小笠原氏は「製造や打ち上げ、そして点検や試験を繰り返すことで、何か起きたときに参照するデータベースの件数が大きく増え、それが私たちの経験値となっている。そのため、いろんなこと(トラブルなど)が起きても、ある程度は対応ができるようになった」と語る。
一方、数をこなす中で新たな課題も出てきたという。
「人間というのは、数をこなすと、どうしても慣れが出てきてしまう。また、数をこなすとトラブルも減っていくが、その結果、トラブルに対処する"修羅場"を味わう数も減り、経験が積みにくくなった」(小笠原氏)。
そして、「もちろん、トラブルが減ったこと自体はいいことだが」とした上で、「仮想的にトラブルへの対処を経験できる場を用意し、作業者を教育していく活動を行っている」と述べ、順調に数をこなし続けてきたからこそ生まれた苦労が語られた。
次世代ロケット「H3」では打ち上げ回数倍増へ
40号機の打ち上げが間近に迫り、そして50号機の背中も見えてきたH-IIAだが、開発中の次世代ロケット「H3」では、H-IIAから打ち上げ数を倍に増やすことが考えられている。つまりH3の運用が始まれば、40機はまだまだ序の口で、100機という3桁の大台すらも視野に入る。
H3の打ち上げ回数が増える背景には、そもそも「増やさなければならない」という事情がある。
というのも、そもそもH3は、H-IIAより打ち上げ費用(コスト)を半分にするということが至上命令となっている。しかし、仮にそれに合わせ、打ち上げ価格(顧客への販売価格)をも半額にするのであれば、打ち上げ回数を倍にしないと、従来と同じ利益が得られないということになる。たとえば、ものすごく単純な計算だが、100億円で造って打ち上げられるロケットを120億円で販売すれば20億円の利益が生まれるが、ここからコストと販売価格を半額に、つまり50億円のロケットを60億円で売るようにすると、10億円の利益しか生まれない。
そして実際のところ、米国などの低コスト・ロケットの存在を考えるなら、価格もいまの半額にしなければ対抗し得ない。
つまりH3は最低限、H-IIAの倍の数を打ち上げることができて初めて、ロケットとして、そして商品として成立する。
そして、打ち上げ回数を倍増させるには、これまで以上に商業衛星の打ち上げ受注を増やすことが重要となる。
現在、H-IIAの打ち上げは、JAXAや政府の衛星の打ち上げといった"官需"が大半である。H3になっても官需が重要になることは間違いないが(そもそもH3の開発目的のひとつは、日本の自律的な宇宙輸送手段を確保し続けることである)、その打ち上げ需要が倍増する見込みがない以上は、商業衛星の打ち上げ受注を増やし、数を積むしかない。
打ち上げ回数を増やすことと、商業打ち上げを獲得することは、車の両輪のようなもので、たとえば打ち上げ頻度が増えれば、打ち上げ間隔が短縮、すなわち衛星の受注から打ち上げまでの期間が短縮されることになり、顧客の好きなときに打ち上げられる柔軟性が生まれる。
つまり高頻度で打ち上げができるようになれば商業打ち上げの受注において有利になり、そして商業打ち上げの受注が増えれば、さらなる打ち上げ回数の増加につながっていく、というスパイラルが期待できる。
H3ロケット"100号機"を目指して
しかし、打ち上げ回数を倍増し、また商業衛星の打ち上げ受注数の増加も実現するのは、並大抵のことではない。
とくにその障壁となりうるのが、高頻度での打ち上げができる環境と、商業衛星の打ち上げを効率的にできる環境が、いまの日本にないということである。
ロケットというと、どうしても宇宙に飛んでいくロケットの機体に目が行きがちだが、実際には発射台や、ロケットを組み立てたり衛星を受け入れたりする宇宙センター全体、さらにロケットや衛星を運び入れるための空港や港といった、運用にまつわるあらゆる設備やインフラなどもきわめて重要である。たとえ最高のロケット・エンジンを積んだ最高のロケットが造れたとしても、その打ち上げを支える設備が貧弱であれば、その良さも失われてしまう。
しかし、これまでも何度か触れてきたように、種子島宇宙センターでは施設の老朽化が進んでおり、さらにそもそも施設が手狭という問題がある。H3の開発と同時に改修は行われるものの、米国のスペースX、ブルー・オリジンなどが、新型ロケットのために新しい工場や整備棟、あるいは発射場すらも続々と建てていることと比べると大きな差がある。
現在のところH3は、既存の施設の改修に加え、生産体制や、打ち上げ準備作業のやり方などを変えることで打ち上げ回数の増加に対応するとしている。しかし、それを確実に実現し、さらにより効率的にするためには、こうした施設の問題の抜本的な解決、改善を図る必要があろう。
また、商業打ち上げという点から考えたときにも、施設が手狭だったり老朽化が進んでいたりといった問題は大きな足かせとなる。さらに、かねてより指摘されているように、種子島空港から宇宙センターに大型の衛星を直接搬入できないという問題もある(参考)。
打ち上げる衛星数が増えるなら、あるいは増やすことを考えるなら、これまで以上に多くの衛星を受け入れ、そして効率的にさばいていく必要がある。また、商業打ち上げを依頼する会社に対し、他のロケットと同程度の環境を用意し、安心や信頼を提供するためにも、こうした問題の解決は必要になってくるだろう。
ただでさえ、日本のロケットをとりまく状況は、これからますます厳しさを増そうとしている。
米国では、スペースXの「ファルコン9」ロケットが、H-IIAよりも9年も後に登場したにもかかわらず、すでに75機の打ち上げをこなし、機体の再使用による大幅なコストダウンも達成している。さらに同じく米国では、ブルー・オリジンによる再使用ロケット「ニュー・グレン」の開発も進んでいる。
また、H-IIAの先代にあたるH-IIと同時期にデビューした欧州の「アリアン5」ロケットは、すでに100機を超える打ち上げをこなし、そして次世代機「アリアン6」ロケットの開発が進んでいる。インドなども大型ロケットの開発で追い上げを見せている。
こうした中で、H3が世界のロケットと対峙していくために、宇宙センターや空港といった周辺施設を改善し、ロケットを効率よく運用する環境と、顧客に喜ばれる環境を整えることは必要不可欠であろう。
そのうえで、ロケットの再使用による低コスト化といった開発を行うこと、そしてさらに、高いオンタイム打ち上げ率という他にはない付加価値、強みを維持できるかどうかが鍵となるだろう。
40号機という節目を迎え、3件目の商業打ち上げという使命も背負った今回の打ち上げ。その成果と、商業打ち上げ市場での信頼を受け継ぎ、未来につなぐことができるだろうか。
出典
・JAXA | H-IIAロケット40号機による温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT-2)及び「観測衛星ハリーファサット(KhalifaSat)」の打上げについて
・平成30年度 ロケット打上げ計画書 温室効果ガス観測技術衛星2号機「いぶき2号」(GOSAT-2)/KhalifaSat/小型副衛星/H-IIAロケット40号機(H-IIA・F40)
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・ドバイEIASTから衛星打上げ輸送サービスを受注|三菱重工
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著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info