値は張るけれど、思い切って買ってしまおうか。
それが車にせよスマートフォンにせよ、はたまた身の回りの生活用品にせよ、自分の使えるお金の範囲から背伸びして、「ちょっと良いモノ」を買った経験はないだろうか。
自動車のレクサスと、鋳物ホーロー鍋のバーミキュラ。作っているモノは異なるが、いずれも先述の「ちょっと良いモノ」、高価格・高付加価値の製品を提供している日本発のブランドだ。
そんな両ブランドのコラボレーションイベントが、レクサスのブランド体験型施設「LEXUS MEETS...」で開催された。今回は、バーミキュラを製造する愛知ドビーの土方邦裕代表取締役社長と土方智晴代表取締役副社長、そしてレクサスのブランディングを統括するLexus Internationalゼネラルマネージャーの沖野和雄氏にインタビューを実施。オープンから約半年が経過した「LEXUS MEETS...」の反響や、「競合ブランド」に対する考え方、日本のものづくりの行き詰まりに感じることなどを聞いた。
レクサスを「気軽に」体験
――2018年3月に「LEXUS MEETS...」がオープンして7カ月が経ちました。このタイミングで、レクサスとバーミキュラがコラボレーションしたきっかけは何だったのでしょうか?
沖野氏:
この施設を作る際、レクサスのものづくりやブランディングについて、トークショーなどでお伝えすることを想定していました。その最初のお相手としては、やっぱりバーミキュラさんが一番いいなと考えまして、お声がけしました。
土方社長・土方副社長:
ありがとうございます。
――コラボレーションの前後で、「LEXUS MEETS...」の来客数などに変化はありましたか?
沖野氏:
元々来店者数の多い施設なので、コラボレーション前後で大幅な変化はありませんでした。また、男女の傾向として、元々「LEXUS MEETS...」は女性の方のご来店が多いんですね。
そういった意味では、来る人というよりは、滞在時間に変化が出てきたのかもしれません。量ではなくて質が変わっているのではないでしょうか。
――自動車の販売店といえば来店客は男性が多く、年代も40~50代がメイン。そんな中で「LEXUS MEETS...」の来店者は女性が多数派なのですね。
沖野氏:
ミッドタウン日比谷という場所が良かった、というのはおおいにありますね。
――「LEXUS MEETS...」ではレクサスの試乗体験も提供されています。1日あたりの試乗回数は?
沖野氏:
1日24回を上限としているのですが、平均すると1日あたり16回前後、試乗していただいていて、これまでに3000件弱の試乗を行っていただきました。
土方副社長:
試乗した人はどんな感想を持たれるのでしょう?
沖野氏:
車に対する印象自体はおそらく変わりないと思いますが、「レクサスの敷居をまたぐことができて嬉しい」というようなお声をいただくことがあります。
やはり、販売店に行って試乗するというのは、なかなか勇気のいる行為だと思います。「LEXUS MEETS...」では試乗はWeb予約を受け付けていて、お客様がご希望されないかぎりスタッフが横には乗りませんから、もっと気軽に乗っていただけます。
そうしたこともあってか、試乗をご利用された方のうち、20~30代のお客様が7割を占めています。(施設の開設にあたり)まず気軽にレクサスを体験していただきたいという思いがあり、そういう意味では成功していると思います。
「ライフスタイルを良くするモノ」すべてがライバル
――バーミキュラもレクサスも、競合といえる主要ブランドが海外メーカーであると思います。そうした競合に対し、自社ブランドがもつ強みはどこだと考えますか?
沖野氏:
確かにそうですね。
土方社長:
そう言えるかもしれません。でも、僕がいつも考えているのは、同業製品だけではないんです。
例えば、ライスポットは7~8万円、バーミキュラの鍋(オーブンポットラウンド)は3万円ほどするのですが、今度アウトドアに行くとして、バーベキューグリルを買うのか、バーミキュラを買うのか。さらに言えば、iPhoneを買うのか、バーミキュラを買うのかというように、買う物を選ばれる方も多いと思います。
同じカテゴリに限らず、「ライフスタイルを良くするモノ」というところが全部ライバルになっていて、その中から選んで(バーミキュラを)買っていただいているのではないでしょうか。
沖野氏:
レクサスも一緒で、ハワイ旅行に行くのか、レクサスを買うのかということになりますよね。どのチョイスをしたら人生が豊かになるのかというところで勝たないと、クルマを買っていただけないと思っています。
――製品カテゴリではなく、ライフスタイル全般で選ばれるような製品を作られているということですね。
土方社長:
そうしないと、市場の中でのパイの取り合いになってしまって、それってあまり面白くないと思うんですよね。やっぱり、いかに良い時間、良い体験を提供できるのかというところで、全部のなかで勝負をしていければなと。
沖野氏:
そういう意味でも女性の方からの支持は大切です。ハワイ旅行よりレクサスの方が確かに良いと思っていただけないと、もう1年(買い換えずに)今のクルマに乗り続ければいいでしょう、と言われてしまいますから。
技術を良い体験に変えること
――話は変わりますが、日本には類稀なる技術をもつ町工場がたくさんある一方、経営やマーケティングに苦しんでいる状況もあります。そんな中、愛知ドビーがバーミキュラのブランド力を高めることができた理由は?
土方副社長:
僕たち愛知ドビーは、バーミキュラを始める前、ものすごく業績が悪かったんですね。なので、失うものがなかったですし、世界に向けて最高のモノを作るんだという目標だけを見て、失敗を恐れずにやれたというところはあります。
――もし既存事業が売り上げを保っていたら、冒険することは難しかったかもしれない、ということですか?
土方副社長:
そうかもしれないですね。上手くいっていた会社だったら、新しいモノをやるという発想が生まれなかったかもしれないですし、僕も(愛知ドビーに)入っていなかったかもしれないです。
※副社長は社長からの要請で愛知ドビーの経営に参画。前職はトヨタ自動車で原価企画などに携わっていた。
(不況を受けて)昔ながらの町工場や、小さい頃に遊んでもらった職人さんたちは、これからどうなるんだろうという気持ちが強くあり、その誇りを何とか取り戻せるようなものを作りたいという信念があったので、つらいことは何度もありましたが乗り越えて、やって来られたのかなと思います。
土方社長:
もうひとつ、町工場に技術を持っているところは確かにたくさんあるのですが、その技術をお客様の価値に押しつけるような商品は、ダメだと思うんですよ。僕たちは「最終的にお客様に喜んでいただくために、うちの技術をどう使うか」という発想で開発を進めてきたので、それがよかったのかなと。そこが大きく違うんですよ。
――なるほど、卓越した技術があるのにどうして買ってくれないのか、という思考になってしまう…。
土方社長:
いえ、そうではなくて、「こんないい技術があるよ」という提案だけで終わっちゃうんです。でも、それがお客様にとっての価値を生まなかったり、良いライフスタイルを与えられなかったりするものが多くて。やはり、必要とされなくてはいけないですから。
土方副社長:
また、もともと本業があって、本業を捨てて新しいことをやろうという会社はなかなか無くて、自社ブランドを立ち上げようとするところが多いと思うんですね。
そうなるとやっぱり本業に生かすためにその特徴がわかりやすい製品を作って、これが話題になればこっち(本業)の仕事がもらえるよね、というのが透けて見えるような製品が多いのかもしれないです。これでやって行くんだ、というところがない企業が多いのかもしれないですね。
沖野氏:
そこを思い切ったのはすごいですよね。
土方社長:
でも、そうしないとモノって売れないし、やっぱり最終的にはお客様が選ぶわけですから、どういうものがあったら喜ばれるかというスタンスからソフトの面、最終的に使ってもらって楽しんでもらう、エクスペリエンスの提供。それに尽きますよね。
後編では、高付加価値の体験を提供するブランドとしての矜恃や、お互いの共通点について聞いていく。
(杉浦志保)