日本の株式市場で時価総額1位と2位の企業が手を結んだ。トヨタ自動車とソフトバンクが、モビリティサービスの新会社を設立したのだ。なぜ、両社がタッグを組むことになったのか。どんなコラボレーションをしていくのか。豊田章男氏と孫正義氏、両トップの発言から個人的に期待したいモビリティシーンを考えた。
協業を持ちかけたのはトヨタ
トヨタといえば、日本はもちろん、世界の自動車業界という観点でもトップクラスに位置する大企業。一方のソフトバンクグループは、自動運転の実証実験に自転車シェアリング、駐車場シェアリングとモビリティ分野に積極的に関わっており、先駆者のUber Technologies(ウーバー)をはじめとするライドシェア企業への投資も盛んに行っている。
なので、我が国の次世代自動車戦略を決めるには、トヨタとソフトバンクによるトップ会談が望ましいのではないかと、自動車メディア関係者との間で雑談をしていたことがあったのだが、予想よりはるかに早く、両社の共同記者会見を目にすることになったので、正直いって驚いた。
会見内容は両社の出資による新会社の設立だった。新会社の名前は「MONET Technologies」(モネ・テクノロジーズ)。出資比率はソフトバンクが50.25%、トヨタは49.75%。微妙に差があるのは、社長にソフトバンクの宮川潤一副社長が就任するからとのことだった。
新会社設立についてはトヨタが話を持ちかけたという。実は両社、20年ほど前に一度、接触していたとのこと。豊田社長が課長だった頃で、すでにソフトバンクを率いていた孫社長から、米国のインターネット販売システムを導入しないかと問い合わせがあったそうだ。ところが、そのとき豊田社長は申し出を断った。
こうした経緯を考えれば、今回の提携を持ちかけたのがトヨタ側だったのは当然だろう。しかしそれ以外にも、トヨタがソフトバンクと組む理由はあった。
自動車メーカーの枠を飛び出すトヨタ
豊田社長は最近、「自動車業界は100年に一度の大変革の時代」という言葉を使って、危機感をたびたび口にしている。さらにトヨタは、カーメーカーからモビリティサービス・プラットフォーマーへ変革していくとも宣言している。
2018年1月に米国・ラスベガスで行われたCES(家電見本市)では、無人運転シャトルの「e-Palette」(イーパレット)を発表。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでこれを走行させ、その後に事業展開するとの計画を打ち出した。
さらにトヨタは、米国のカーシェアリング企業「Getaround」(ゲッタラウンド)とスマートフォンを使ったキーレスカーシェアの展開を開始したり、シンガポールに本拠を置くアジア最大のライドシェア企業「Grab」(グラブ)と手を結んだりしている。そして今年は、以前から資本提携を行なっていたUberに5億ドルもの巨額出資を行い、関係を強化していた。
「ドアを開けたら孫さんがいた」
そのUberの筆頭株主はソフトバンクだ。それだけではない。同じライドシェア企業の「Grab」、中国の「DiDi」(ディディ/滴滴出行)、インドの「Ola」(オラ)の筆頭株主は、全てソフトバンクなのだ。世界のライドシェアは、この4社で90%のシェアを握っているといわれる。気がつけば、ソフトバンクはライドシェア市場の主役になっていたのだ。
「ドアを開けたら必ず孫さんがいた」と豊田社長は話す。トヨタがライドシェア市場に参入する前に、ソフトバンクは主要プレーヤーを押さえてしまっていたのだ。孫社長の先見性がいかんなく発揮された形である。
なぜ、ソフトバンクはライドシェアを重視しているのか。それは、膨大な移動情報が手に入るからだ。日本にライドシェアはまだ根付いていないが、ソフトバンクは携帯電話キャリアだし、グループのYahoo! JAPANからもさまざまな情報が手に入る。
以前、駐車場シェアの「BLUU Smart Parking」に関する記事でも触れたことだが、ソフトバンクは、大量の移動情報を手に入れることで需要予測の精度が高まり、車両や駐車場などを的確に供給していくことができるとしている。今回の会見で孫社長は、15分単位、100m四方の移動情報を予測できると語っていた。
つまり、ソフトバンクは単なる携帯電話キャリアではない。グーグル顔負けの膨大なユーザーデータを持ち、新しいサービスをいち早く立ち上げることができるフットワークの良さもある。今までの通信会社とは違うという説明には納得できた。
ソフトバンクはホンダと組む流れだった?
もうひとつ注目したいのは、ソフトバンクが2018年5月、米ゼネラルモーターズ(GM)の自動運転開発子会社であるGMクルーズホールディングスに出資していることだ。GMクルーズといえば、本田技研工業(ホンダ)が今回の会見の前日に、自動運転ライドシェア車両を共同で開発すべく出資したと発表した相手だった。
さらにホンダは、昨年のCESで、ソフトバンクグループに属する「cocoro SB」の「感情エンジン」をベースとし、「HANA」(Honda Automated Network Assistant)と呼ばれるAI技術を搭載したコンセプトカーを発表してもいる。
ソフトバンクにAI技術はあるが、クルマ作りのノウハウはない。トヨタとの会見で「日本連合」という言葉を口にした孫社長は、以前から日本の自動車メーカーとのタッグを目論んでいたのかもしれない。これまでの経緯を考えればホンダと組む可能性もあったはずだが、その前にトヨタが動いたのではないかと思う。
過疎地の移動とタクシー改革に期待
では、新会社は何をするのか。この点についてモネ・テクノロジーズの宮川社長は、トヨタのe-Paletteを活用し、ネットショッピングの商品配達や病院のシャトルバスといった多様なモビリティサービスを検討していくと話した。中でも高齢化、買物困難者、運転免許返納、学校統廃合、無医師など、地方の過疎地で問題となっている事象の解決に力を入れていく考えだという。
ソフトバンクはこれまでも、自動運転バスをこうした地域の移動に提供したいとし、実証実験を重ねていた。その考えは新会社にも引き継がれているようだ。
そしてもうひとつ、筆者はタクシーとライドシェアの大変革が起こるのではないかと期待している。
日本では、タクシーやバスのような旅客輸送車両はナンバープレートが緑色で、運転士は2種免許という専用ライセンスを必要とする。対するライドシェアは白ナンバー、一般ドライバーが一般的であり、日本では違法であるとタクシー業界が強硬に反対してきた。
昨年、タクシー専用の新型車「JPN TAXI」(ジャパンタクシー)を送り出したトヨタは、東京のタクシー会社である日本交通が中心となって立ち上げた配車アプリ「JapanTaxi」(旧・全国タクシー)に出資し、筆頭株主になっている。
一方のソフトバンクは、前にも書いたようにライドシェア推進派だが、日本では今のところ違法であるため、まずはタクシー会社へのアプリ提供という方式で参入する構えだ。Uberは淡路島、DiDiは大阪でトライアルを始める。
ちなみに孫社長は、トヨタとの会見で「ライドシェアのことを配車アプリというのは見当違いの表現だ」と釘を刺していた。単なるアプリであるというのは過小評価であり、モビリティのプラットフォームと称するのが正しいとの主張だ。
ソフトバンクが例に挙げた地方の過疎地では、タクシー業者は採算が取れず、しかも運転手不足に悩んでいるケースが多い。こうした場所では「公共交通空白地域自家用有償旅客運送」という制度が用意され、活用の場が生まれつつある。ちなみに、自家用有償旅客運送は市町村運営、福祉目的も認められている。
いずれにせよ、この制度を活用したライドシェア的なモビリティサービスは、東京23区など、都市部のタクシーを中心とするJapanTaxiとバッティングする機会は少ないので、すみ分けは可能なのではないかと思われる。また、e-Paletteはタクシーやライドシェアよりもバスに近い車体であり、会見では既存の交通と競合せず、バス事業者などと連携して展開していくという話だった。
両社の協業とe-Paletteの登場が契機になって、我が国のバスやタクシー、ライドシェアのルールが一新されることと、過疎地の移動問題が解決することを望みたい。日本の2トップがタッグを組んだのだから、それも可能なのではないかと期待している。
(森口将之)