女優の永野芽郁がヒロインを務めるNHK連続テレビ小説『半分、青い。』(毎週月~土曜8:00~)が、いよいよ今月29日に最終回を迎える。このたび、全156回を書き終えた脚本家の北川悦吏子氏にインタビュー。全6回の短期連載として掲載する。
第2回は、すべてを書き終えた今の心境を直撃。「朝ドラって精神的拷問だなと思った」というほど、日々追い込まれ苦しい1年半だったと打ち明けるも、朝ドラならではの技を生み出していく楽しさがあったという。そして、何ものにも代えがたいものが感じたと言い、「新しい体験ができてとても幸せだった」と、かみしめるように語った。
また、「毎回1個でもおもしろい展開や、エピソードを」という思いで書き続け、視聴者の心を動かす展開や名ゼリフの数々が生まれたが、会心のアイデアNo.1は“岐阜犬”とのこと。「僕は和子さんの子どもで幸せだった。し…幸せだ」。視聴者の涙を誘った律と和子のあの会話がどのように生まれたのか、その秘話も明かしてくれた。
――まず、全156回を書き終えた今の心境を教えてください。
『あしたのジョー』のように白い灰になった気分で、魂が抜かれてしまった感じです。ある程度の覚悟はしていましたが、体の弱い私がやりたいという気持ちだけで突入してしまったんだなと、書き始めてから気がついて時すでに遅し(笑)。書き上げられたのは自分としては奇跡だと思っています。
――『半分、青い。』のサブタイトルはヒロイン・鈴愛の「~したい!」という欲求をつけていますが、すべて書き終わった北川先生の感情をサブタイトル風に表現すると何になりますか?
「もう書きたくない!」(笑)。初めて否定的なサブタイトルになってしまいましたが、また書きたいと思うまでにどれだけ時間がかかるかなと。今は、また書きたいと思う日が来ることを信じて待っている感じです。なのでやはり、「また書きたい!」かな(笑)。
――大変さがとても伝わりますが(笑)、脚本家として朝ドラの魅力をどう感じましたか?
15分を156回という枠組みが一番興味を惹かれた部分。1時間の連ドラや映画とは全然違うノウハウで作っていくということにクリエイター心を刺激され、1年半かけて試行錯誤しながら書きましたが、どんどん新しい技を生み出していく楽しみがありました。
――たくさんのアイデア中で、会心のアイデアだなと思うNo.1は何ですか?
岐阜犬かもしれません。岐阜犬で和子さんと律が最後しゃべるというのは、最初からあったプランではないんです。鈴愛が発明をしていくことへの伏線として岐阜犬を登場させることになり、どうドラマに入れ込めばいいか私なりに知恵を振り絞りました。そして、ココンタを使って仙吉さんの言葉「センキチカフェ」を聞き出したことを岐阜犬に結び付けようと、逆からつなげていったんです。それとは別に、和子さんが死に近づくというストーリーがあって、もしかして岐阜犬を通して律と最後のやりとりをさせたらいいんじゃないかって思いついた瞬間の興奮は今でも覚えています。
――そういったアイデアは自然と湧いてくるのでしょうか?
自然と湧いてくるんですが、1話につき与えられた時間は3日しかないんです。自然と湧かなかったら私はどうなるのかと、毎回追い詰められて本当に苦しくて、今まで浮かんだのだから浮かぶに違いないと信じるしかないんですけど、どうするんだろうという瞬間があって……。そういうときは鈴愛ちゃんみたいに甘いものをたくさん食べて、そうすると頭が働いてパッと思いつくんです。でもすぐ次の3日が来るという繰り返しで、気がついたら6キロ太ってしまい今ダイエット中です(笑)
朝ドラって精神的拷問だなと思いました。クラッシュしてもおかしくないなと。どこか気を抜いちゃえばいいですけど、ある程度のハードルはずっと飛びたいという気持ちがあって、1話1話私としては飛んでいるつもりなので、そうすると大変ですよね。単純に単発ものの50倍くらいの時間ですが、それくらいの大変さがあるなと。いろんな技があって楽しいですけど、3日に1本のつらさは尋常じゃなくて、どこまで才能があるのかを毎日試されていると思いました。
――156回分のアイデアをひねり出されたんですね。
なんとか毎回出たかなと。最後にハッとさせて終わらせたい、とか、思わぬ方向に振って、見てる人を飽きさせない、とかいろいろ工夫しています。技が生まれやすいのは廉子さんがいるというのが大きいです。ナレーションのおかげでどこにでも視点を飛ばせる。廉子さんも完全に風吹(ジュン)さんにあて書きしているんですが、あの廉子さんのナレーションによって見る人の視線を誘導しました。
――朝ドラならではの技を身につけられたとのことですが、今後の脚本家人生にどのような影響がありそうですか?
次の作品にプラスになるのかもしれないし、もしかすると、連ドラや映画を書く時に、違うノウハウで1年半やってきたことが邪魔をしちゃうかもしれないとも思う。そういう恐れが実はあるんですが、それにしてもこの経験ができてよかったかなと。15分という枠を156本。朝ドラって本当に特殊なものだったので。毎日流れるというのも衝撃で、しかも毎日4回流れ、土曜にはまとめて一週間分が流される。そして、褒めもされるしアンチも出て来てけなされもするし、本当にタフじゃないとやっていけない。それが、国民的番組、朝ドラなんだと感じました。
すごく厳しい場所ではありましたが、代えがたいものはあったし、この先もきっとそう思っていくんじゃないかなと思います。あんな大変な思いをしたのはあの時だけだったと思うだろうし、あんなに毎日、人に良くも悪くも、騒がれたのもあの時だけだったと思うだろうし、そういう意味では、デビューして25年になるんですが、新しい体験ができて幸せだったと思います。
――脚本家として今後やってみたいことや目標を教えてください。
本当に野望は持ったことがないんですが、大河の話をもらって断りたいっていうのが野望です(笑)。あとは、できれば朝ドラとは真逆のすごい小さいサイズのものを、2時間くらいの短い作品をやってみたいかな。何度も何度も「どうしよう、こうしよう」って試行錯誤が許されるような。映画を撮ったときの感覚がそうだったんですけど、長い時間かけて1つのものを作りたいです。そして、映画は宣伝シーズンがあって、その作品についてしゃべりつづける間にその映画が愛おしくなっていくんですよね。そういう意味では、映画も独特で、いい経験させてもらいました。ああいう潤沢な時間と余裕のある仕事をしたいなという気持ちはあるんですけど、でも相手がいることなので、大変な仕事に巻き込まれていく気配もしています(笑)
北川悦吏子
1961年12月24日生まれ、岐阜県出身。脚本家・映画監督。1992年に『素顔のままで』で連続ドラマデビュー。主な作品に、社会現象となった『愛していると言ってくれ』『ロングバケーション』、そして、『ビューティフルライフ』、『オレンジデイズ』など。2009年には、映画の世界にも進出し、脚本監督作品に『ハルフウェイ』『新しい靴を買わなくちゃ』。また、エッセイや作詞などでも人気を集める。NHKでの執筆は、2016年ドラマ10『運命に、似た恋』が初。NHK連続テレビ小説『半分、青い。』が2作目となる。
北川悦吏子氏の写真=撮影:萩庭桂太 場面写真=(C)NHK