入社して間もなく、「それ、先方に連絡して納期前倒ししてもらって」と言われた。どういうこと? というわけで、今回のテーマは「前倒し」「後ろ倒し」です。それぞれの意味と正しい使い方について、例文とともに解説します。

■「前倒し」「後ろ倒し」とは

「前倒し」とは、「予定の時期を繰り上げること」「計画よりも物事を早めに行うこと」です。一方、「後ろ倒し」は前倒しの反対の表現で、「予定の時期を先に延ばすこと」「予定を後ろにずらすこと」を意味します。

■「前倒し/後ろ倒し」が使われるようになった経緯

実は、「後ろ倒し」という言葉は、まだ一部の辞書にしか掲載されていません。「後ろ倒し」は比較的新しい言葉であり、日本語として完全には認められていない言葉と言えるかもしれません。では、いつから使われるようになったのでしょうか。

比較的新しいと言っても、1980年代には使用されていたようですが、NHK放送文化研究所によると、「後ろ倒し」という言葉が注目されるようになったのは、2013年に安倍首相が就職活動の「後ろ倒し」に言及したことがきっかけとのこと。

そのまま使用しても良い言葉なのか、メディアにおけることばの問題として取り上げられたと言います。NHK放送文化研究所は、「政治家や官僚の業界用語としては便利なことばですが、放送のことばとしては、当面、慎重に扱うべきだ」という見解を述べています。

今ではすっかり定着している「前倒し」も、かつては問題視されていたこともあったようで、以前は、「前倒し」は「繰り上げ」、「後ろ倒し」は「先送り」や「繰り下げ」といった言葉で表現されていました。

「前倒し」「後ろ倒し」と表現するようになった理由には諸説あるようですが、「繰り上げ」よりも「前倒し」という表現の方が、より積極的に事業を進めようとする意志が感じられることや、「先送り」や「繰り下げ」には少々マイナスのイメージがあることなどから、政治家や官僚が使いはじめたと言われています。官庁用語だったものを、政治家や官僚が会見などでも使用するようになり、各メディアを通して世に広まっていったようですね。

■「前倒し」の正しい使い方と例文

「前倒し」は、すでに定着した言葉であり、とりわけビジネスシーンでは、頻繁に使われています。特に、予算や納期に関する文章で用いられることが多いでしょう。

(例文)

  • 公共事業費を前倒しして景気の回復をはかる。
  • 2週間ほど納期を前倒ししていただけないでしょうか?

■「後ろ倒し」の正しい使い方と例文

一方、「後ろ倒し」という言葉に、未だ違和感を抱いている人も少なくはないようで、「前倒し」に比べると、完全に定着したとは言えないのが現状です。そのため、企業によっては、「前倒し」という言葉は使っても、「後ろ倒し」は使わないということも。明らかに職場で定着している、あるいは上司も積極的に使っているようであれば使用しても問題はないですが、ビジネスシーンでは安易に使うのは控えた方がいいかもしれませんね。

(例文)

  • 着工時期を1カ月後ろ倒しにしましょう。
  • 課長の都合で、打合せの時間が後ろ倒しになりそうです。

また、「後ろ倒し」の使い方には、注意すべき点があります。業界用語にしてもビジネス用語にしても、新しい言葉が出ると、それを積極的に使おうとする人がいますが、先送りにすることを、全て「後ろ倒し」に言い換えることが出来るかというと、そうではありません。まずは、例文を見てみましょう。

  • 結論は次回に後ろ倒しにします。→ 結論は次回に持ち越します。
  • 問題をつい後ろ倒しにしてしまう。→ 問題をつい後回しにしてしまう。
  • 納期が後ろ倒しになってしまいます。→ 納期が遅れてしまいます。

いかがでしょうか。「後ろ倒し」を適用しない文章の方が、しっくりきますね。


時代の変化とともに、常に新語・流行語というものが生まれます。中には、完全に定着していない用語もありますが、使う人がいる以上、その意味を知っておいて損はありません。自分が使うかどうかはさておき、相手の言葉をすぐに理解できるようにしておくことも、大切なスキルではないでしょうか。