Slack Technologiesは、9月5日~9月6日の2日間にわたり、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市において、自社イベント「Frontier」を開催した。同イベントにおいてSlackは、ユーザー自前の暗号鍵でデータを暗号化できる「EKM」(Enterprise Key Management)の導入など、同社の主要ターゲットである法人ユーザー向けの機能拡張ロードマップを公開して注目を集めた。
同社が機能拡張に尽力する背景には、ビジネスチャットツール市場における競争の激化がある。2018年7月には、従来からの競合である「ChatWork」、「Workplace by Facebook」、「LINE WORKS」に加えて、法人向けITソリューションの王者であるMicrosoftが無償版の「Teams」を提供することを発表している。
最新バージョン登場から4年。ユーザー数は800万人に
Slackは創業から9年のベンチャー企業。創業者は、最終的に米Yahoo! に買収された写真共有サービス「Flickr」を共同で創業したことでも知られる現CEOのスチュワート・バターフィールド氏。同氏率いるSlackは、2014年に新しい形のビジネスチャットツール「Slack」を公開し、それから4年足らずでグローバルに800万ユーザーを集めるほどに急速に成長させてきた。
株式は現時点では非公開のため、企業規模などは不明だが、ソフトバンクなどが参加している投資コンソーシアム「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」が投資することを2017年に発表するなど、投資家からも大きな注目を集めている。
現在はグローバルに1200人の社員を抱えており、本社は今年4月に新たに移転したサンフランシスコ市の新本社社屋にある。日本法人「Slack Japan」も設立済みで、同社によれば日本市場はSlackにとって米国に次ぎ2番目にユーザー数を抱える重要な市場となっている。
「柔軟な使い勝手×クラウドサービスとの統合性」に強み
そもそもSlackを使ったことがないという方にその機能を説明するならば、”組織内の構成員、および外部ユーザーとのコミュニケーションを促進するツール”と言えばよいだろうか。Slackはワークスペース>チャネルと階層化されており、ワークスペースが組織全体、チャネルが部門のようなものとして機能すると考えるとわかりやすい。使い勝手としてはLINEと近く、もちろん個人間でもメッセージのやり取りが可能だ。
ユーザーはワークスペースおよび、チャネルなどに所属してメッセージのやりとりが可能。特徴的なのは、1つのユーザーIDが複数のワークスペースやチャネルに所属できることによって、組織を横断しているプロジェクト、社外のフリーランサーなども参加させるプロジェクトなどでも柔軟にコミュニケーションをすることが可能な点が評価されている。
さらに、同一プロジェクト上にサードパーティのアプリケーションを容易に機能統合出来ることも特徴。例えば、Slackそのものは電子メールの機能は持っていないが、外部の電子メールサービス(例えばGmailなど)を統合することで、電子メールすら飲み込んで、コミュニケーションすることができる。
他にも、例えば営業支援ツールとして「Salesforce」を使っている企業や、Twitter、Facebook、InstagramなどのSNSを使っている企業は、接続ツールを使うことで、Slackプラットフォーム上から各種サービスを活用することができる。(接続ツールは最初からSlackに用意されている場合もあれば、ユーザーが自ら開発する場合もある)
「まずは無償版から」ハードルを下げ、導入数増加へ
Slackのもう1つの特徴は、機能制限はあるものの、とりあえずスタートは無償で始められることだ。実際日本のユーザーでも、まずは無償版からという法人も少なくない。導入する側にとっては、クラウドベースでかつ無償プランで始められるSlackは導入のハードルが低く、これがSlack躍進の1つの理由になっている。
しかし、無償プランのユーザーばかりが増えても、それでは収益が望めない。今後も安定して成長していくためには、有償プランの利用ユーザーを増やしていく必要がある。このため、今回のイベントでは有償プランのメインターゲットになる法人ユーザー向けの機能説明に多くの時間が使われた。
今回発表されたのは、EKM、Gridのシェーアドグリッド機能、リ・オーガナイズ・アウェア機能、Admin APIの導入など。特にEKMにより、自前の暗号化鍵を利用してSlack上に流れるデータの暗号化を行なうことが可能になったことは、セキュリティの担保に関心がある法人ユーザーにとっては注目のアップデート内容と言える。
こうした法人向けの新機能を拡張していくことで、有償プランの契約を増やしていく、というのがSlackの狙いだ。
意識し合うMicrosoftとSlack
急速に成長しつつあるSlackであるが、その勢いに負けじと他社もビジネスチャットツールの普及に積極的になっている。その代表がMicrosoftだ。Slackを導入した企業で、かつて社内SNSに「Yammer」、社内の音声連絡ツールに「Skype for Business」などを使っていたという企業は少なくない。
いずれも、Microsoftの現在の主力製品である「Office 365」の一部として利用されていたサービスで、そこをSlackに代替されると将来的にOffice 365の契約者の減少につながる可能性がある。
そこでMicrosoftは、Office 365にTeamsという新しいツールを導入してSlackを追い上げにかかっている。7月にはその無償版を投入することを明らかにしており、これは、Slackの特徴である”無償版を試して有償版へ移行”という特徴に対抗してきているものと見てとれる。
Teamsの特徴は、特に日本において導入が進んでいる”Office 365に含まれている”点にあり、Slackにとっては、ユーザー数でいうと第2位の市場となる日本における脅威となる。今後Slackとしては、日本で根強い需要があるOffice 365との接続性を高めるなどの方策をとる必要に迫られている。同社が今回、法人向けの機能を強化するロードマップを発表したのもその延長線上にあるということができるだろう。
(笠原一輝)