トヨタ自動車の「センチュリー」が3代目に生まれ変わった。今回の新型は「御料車」(天皇および皇族が使用するクルマ)としても使われるので、開発は入念に行われたはずだ。

トヨタの新型「センチュリー」。初代は1967年に誕生した純国産の高級車だ。この年はトヨタの原点である豊田佐吉の生誕100年にあたり、「世紀」という意味の車名はそれにちなむ

戦後はどの時代もそうだが、日本の最高級車は天皇陛下がお乗りになることを前提につくられた。クルマの開発史と御料車には、無視できない関係があるのだ。まずは、その辺りから話を進めていこう。

御料車としての使用を前提に開発された新型「センチュリー」

御料車をめぐるトヨタと日産の歴史

初代センチュリーが誕生した1967年の日本では、戦後復興の経済成長が著しく、自動車メーカーも世界と戦える技術を身につけ始めていた。偶然にも同じ年、日産自動車のプリンス事業部は、天皇陛下がお乗りになる御料車を完成させ、「プリンス・ロイヤル」という名前で納車した。

それから約40年間、プリンス・ロイヤルは皇室の最高級車であり続けた。一方のセンチュリーは、企業のトップが乗る高級車として使われきた経緯がある。台数の関係からいえば当然だが、一般の方にとってみれば、プリンス・ロイヤルよりもセンチュリーのほうが記憶に残っているはずだ。

「センチュリー」は企業のトップが乗るクルマとしての歴史を歩んできた(画像は新型)

プリンス・ロイヤルは宮内庁からの依頼で日産が開発したもので、一般人が乗るクルマではなかった。設計・開発を担当したのは、プリンス自動車の若きエンジニアだった千野甫(はじめ)さん。彼は、それまでの御料車だった「ロールス・ロイス」を研究してプリンス・ロイヤルを開発した。

プリンス・ロイヤルのサイズは全長6mを超え、重量も3.5トンを上回っていたが、トヨタが開発したセンチュリーは、あくまでも民間企業の社長が乗る高級車だったので、全長は約5.1mの大きさだった。

御料車として、約40年間にわたって活躍したプリンス・ロイヤルにも、そろそろフルモデルチェンジの必要が出てきた2005年頃、日産は大きな高級車の自主開発を断念し、御料車の開発はトヨタが担当することになった。そのとき、トヨタは2代目「センチュリー」をベースに御料車を開発し、「センチュリー・ロイヤル」として納車したのである。

「センチュリー・ロイヤル」のベースとなった2代目「センチュリー」(画像提供:トヨタ自動車)

さて、話を現代に戻すと、トヨタは今回の新型センチュリーが御料車にも使われることを当初から分かっていたので、量産車をベースに新しい「センチュリー・ロイヤル」を開発している。こちらのクルマは性格上、細かいスペックが明かされていない。

風格たっぷりのデザインに群を抜く重厚感

ここからは新型センチュリーに注目していく。

このクルマは決してドライバーズカーではないのだが、その洗練されたスタイルは、退屈なショーファーカー(運転手の存在を想定したクルマ)とは思えないほどデザインが完成されている。その風格は時代を超えた威厳すら感じさせるが、それでいて、高いところから見下ろすような嫌味はない。都市との融合――。そんな言葉が思い浮かぶデザインではないだろうか。

洗練されたスタイルが特徴の新型「センチュリー」

実際にドライバー席に乗り込んでみると、ドアが閉まる時の重厚感はたまらない。きっと、由緒あるお屋敷の扉を閉めた時というのは、こんな感覚が味わえるものなのだろう。パワープラントは先代センチュリーが搭載していたV12気筒が廃止となり、V8エンジンのハイブリッドに変わっている。もちろん、V12よりも走りは静かになった。

パワープラントはV8のハイブリッドとなり、走りも静かだ

後席の雰囲気は、どうみてもショーファーカーだ。レースのカーテンからは、いかにも昭和といった匂いがする。後席に座るVIPを、いかに快適に目的地まで送り届けるか。ショーファー(運転手)には繊細なドライビングが求められる。

昭和な後席にも風情がある

量産型センチュリーは、御料車とはスペックは異なるものの、それでも重厚感は素晴らしい。あえていえば、時速100キロ以下なら世界で最も高級な乗り心地なのではないだろうか。

ステアリングを握ると、トロッとしたハンドリングに加え、「スムースネス」という言葉以外に表現しようがないほどの加速感に感激する。試乗した箱根ターンパイクは、この日だけペルシャ絨毯が敷かれているようだった。

まるでペルシャ絨毯の上を走っているような極上の乗り心地

レクサスとセンチュリーを使い分ける人も

知り合いの大手企業の会長は、センチュリーとレクサス「LS」をTPOで使い分けている。ほかの企業のトップとの会合ではレクサスLSを使い、ゴルフにはセンチュリーに乗って行くそうだ。その理由は、センチュリーの方が乗り心地がよいので、疲れた身体を癒やすことできるからだという。

トヨタの中でもレクサスは高級プレミアムという位置づけだが、ドライバーズカーというキャラクターも与えられているから、その会長さん、LSでは時たま運転を楽しむらしい。新型LSはBMW「7シリーズ」を意識しているが、センチュリーはショーファーカーに徹したクルマなのだ。

トヨタで高級路線といえばレクサスもあるが、センチュリーにはショーファーカーに徹した魅力がある

すでに述べたように、昭和と(もうすぐ終わる)平成の香りが色濃く漂うものの、ハイブリッドや高度な運転支援など、センチュリーの技術はとても先進的だ。まさに「不易」と「流行」(時代とともに変わるべきものと変わらないもの)という言葉がピッタリと当てはまる日の丸高級車は、我らの誇りである。

(清水和夫)