8月、銀座ソニービルの跡地に「Ginza Sony Park」(銀座ソニーパーク)がオープンした。2022年に新たなソニービルが完成するまでの間、地上と地下4階までの空間を「公園」として提供する試みだという。

数寄屋橋交差点、銀座ソニービル跡地が「公園」になった

一般に公園とは地方公共団体が運営しており、収益には結びつかないイメージがある。なぜ、ソニーは一等地を公園にしてしまったのだろうか。

ソニーらしいアプローチとしての「公園」のアイデア

銀座ソニーパークを手がけるのは、ソニーが100%を出資する「ソニー企業」という名前の子会社だ。オープンにあわせた発表会では、社長を務める永野大輔氏が2017年3月に営業を終えた銀座ソニービルの建て替えプロジェクトについて詳細を語った。

ソニー企業 代表取締役社長兼チーフブランディングオフィサーの永野大輔氏

ソニービルの建て替えは、2013年にソニーの平井一夫社長(当時)の直轄プロジェクトとしてスタート。だが2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、東京に大きな変化が訪れることが予想される中、むしろ「建てない」のがソニーらしいと考えたという。

公園にたどり着くヒントになったのは、ソニービル時代から数寄屋橋交差点に向いた空間をパブリックスペースとしていたことだという。そこから地上部分と地下空間を組み合わせた「垂直立体公園」のコンセプトを発案。地上の入り口や地下でつながる西銀座駐車場との間に扉や壁を設けない、オープンな空間となっている。

地下にはローラースケート場や、ソニービル時代から続く水族館「Sony Aquarium」などの施設を設置。これらの施設は世の中のトレンドに合わせて数ヶ月ごとに入れ替えていき、音楽イベントは出演アーティストをぎりぎりまで発表しないなど、偶発性を演出していくという。

9月まではローラースケート場が設置される

建築として興味深いのが、ところどころに残された古いタイルだ。これらは50年の歴史があるソニービルのテナントの名残で、解体の途中で見つかったものをデザインとして残したという。ソニーらしい遊び心が感じられる点だ。

かつてのテナントが使っていた古いタイルをあえて残した

都市における「余白」に価値を見出す

銀座ソニーパーク内には、藤原ヒロシ氏の手がけたコンビニや、製造所を兼ねたトラヤカフェなど店舗もいくつか入っている。だが、ほとんどの空間は閑散としており、殺風景に感じるほどだ。

何もない「余白」の空間が目立つ

永野氏によれば、これはデザインに「余白」を採り入れた結果だという。都市における公園とは、環境面でのメリットや災害時の避難場所としての機能もさることながら、誰もが自由に利用できる公共スペースとしての役割も担っている。これを銀座ソニーパークでも再現したというわけだ。

3店舗ある飲食店はテイクアウトのみで、一般の公園と同じようにどこで飲食しても良いスタイルを採用。公園内での禁止事項は禁煙など最低限にとどめており、迷惑行為は警備員の巡回で対処していくという。

こうなると気になってくるのは、商売っ気のなさだ。銀座ソニーパークの立地は数寄屋橋交差点から目と鼻の先で、地下鉄の銀座駅とも直結した超が付くほどの一等地だ。だがソニーは収益よりもブランド訴求に重きを置いていると永野氏は話す。

7月31日に発表した2018年度第1四半期決算でも好業績が明らかになったソニーだが、銀座ソニーパークでは短期的な収益よりも長期的なブランド価値の向上を狙う、視野の広さが感じられる。

銀座には背の高いビルが所狭しと並んでおり、さまざまな店舗がこれでもかとばかりに詰め込まれている。そこにあえて余白を置くことで存在感を高めようというのが銀座ソニーパークの狙いといえる。

地下鉄銀座駅からも直結

さて、銀座ソニービルといえば、いわゆる「銀ブラ」を楽しんだ年齢層にはシンボルともいえる存在だった。色々な取り組みがあるとはいえ、そこが公園に生まれ変わり、あるはずのものが無くなったというのは、感慨深く思う方も多いのではないか。もっとも、2022年には新たなソニービルができる計画だ。そちらにも期待しつつ、まずはこの公園を楽しんでみては如何だろう。

(山口健太)