目にする機会が増えてきた電気自動車(EV)だが、その台数から見れば、まだまだ普及したとはいえないというのが現状だろう。関心はあるけれど、航続距離が短いのではないか、あるいは充電スポットが少ないのではないかといったことが心配で、購入を控えている人もいるかもしれない。

そんな根強い不安の声に挑戦するかのように、EVを使った大冒険を企てた人がいる。ポーランドの探検家、マレク・カミニスキ(Marek Kamiński)さんだ。彼は日産自動車のEV「リーフ」に乗り込んでポーランドを出発し、リトアニア、ラトビア、エストニア、ロシア、モンゴル、中国、韓国を経由して日本を目指した。ほとんどユーラシア大陸を横断するようなロング・ドライブだ。その行程には、ゴビ砂漠やシベリアの荒野など、いかにもEVのゆく手を阻みそうな難所がいくつも横たわる。

EVのゆく手を阻むユーラシア大陸の大自然(画像提供:日産自動車)

結果からいうと、カミニスキさんは一度もバッテリー切れで立ち往生することなく、日本への旅を成功させた。そもそもなぜ、彼はEVを使った冒険を思い立ったのか。どうしてバッテリー切れを起こすことなく、その旅を終えることができたのか。本人主催の記者会見で聞いてきた。

痕跡なき旅を目指して

EVを使った冒険を思い立ったのは、何の痕跡も残さない旅を実現したかったからだとカミニスキさんは語る。「北極と南極へ行った時には、白い世界に痕跡(雪上の足跡)を残したけれど、今回は痕跡を残さない旅をしようと思った。飛行機であれ船であれ、エンジンを積んだクルマであれ、通った場所に何らかの汚染(クルマであれば排気ガス)を残すことからは免れない」。そう考えた同氏は、冒険の相棒にゼロエミッション(排出ゼロ)のEVを選んだ。

探検家のマレク・カミニスキさん。これまでに地球の南北両極を制覇するなどの実績があるという

今回の挑戦をカミニスキさんは「No Trace Expedition」(痕跡なき旅)と名づけている。EVで使う電気を作るのに、例えば石炭火力発電所のような施設が稼動しているとしたら、全体で見るとゼロエミッションにはならないのだろうが、少なくとも、EVで走ったルート上に大気汚染という痕跡は残さなかったというわけなのだろう。

総走行距離が約1万6,000キロに及んだという今回の旅では、EV用のインフラが整わない地域も走破する必要があったので、充電に関しては綿密な計画(本人いわく「4次元の計画」)を立てる必要があった。実際のところ、専用の充電施設が使えない場所では、ガソリンスタンドや、タイヤを履きかえたりするための場所(意外とあちこちにあるらしい)などで、特別なアダプターを使った充電を行って旅を続けたという。

1回の充電で400キロを走行可能(JC08モード)だという2代目「リーフ」。今回の旅でカミニスキさんは、平均して1充電あたり250キロを走行し、あと50キロは走れる余裕を残して充電するように心掛けたそうだ(画像提供:日産自動車)

旅の途中で出会った人たちからは、EVに対してポジティブな反応を得られたとのこと。シベリアの小さな村では、「EVは未来だ。自分も1~2年のうちに手に入れたい」との言葉を聞いたそうだ。「市街地で乗ったり、短い距離を乗ったりと、EVはとかく“ドメスティック”なクルマだと思われがちで、今回の冒険についてはポーランドの友人たちからも『無理だ』といわれたが、そういう固定観念を打破したかった」。こんなモチベーションも、カミニスキさんをロング・ドライブに駆り立てたのだという。

これからのEVに望むことを聞くと、「自動運転機能」や「社会全体の電力マネジメントに資する“動く蓄電池”のような使い方」を挙げたカミニスキさん。冗談なのかもしれないが、「ホバークラフトみたいな機能が欲しい」とも話していた(画像提供:日産自動車)

日産は今回、カミニスキさんにリーフを提供した立場だが、この旅を「EVに寄せられる不安の声に対する強力な反論」という形で大いに活用しようというつもりは、あまりないらしい。ただ、航続距離の短さ、充電スポットの少なさ、暑さ寒さに対する脆弱性などを心配する人たちにとって、リーフがポーランド~日本のロング・ドライブを成功させたという事実は、多少なりとも意味を持つかもしれない。

ちなみに、EVによるユーラシア大陸(ほぼ)横断という“痕跡”を残したカミニスキさんだが、ポーランドまでの帰り道もリーフを運転していくと話していた。

(藤田真吾)