7月に放送されたTBS系バラエティ番組『水曜日のダウンタウン』(毎週水曜22:00~)の「怖い顔してたら隣に誰も座ってこない説」という企画のVTRで、「ロケまわりの許諾に寛容でおなじみ、熱海」と紹介され、スタジオの伊集院光が「あっそうなの?」と驚きの声をあげた。過激な企画でも知られるあの番組が言うのであれば、よほど“寛容”なはず。その理由を、静岡県熱海市の担当者に聞いてみた――。

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    熱海城から望む熱海市街

バラエティのロケを優先

取材に応じてくれたのは、熱海市役所観光建設部観光経済課メディアプロモーション戦略室長の山田久貴氏。2001年に民間の商社から転職し、花火大会やイベント、各種キャンペーンを企画していたが、宿泊者の数は減少を続け「何をやっても結果が出なかった」(山田氏、以下同)という。原因は、古くから根付いていた“昭和の歓楽地”、“男性が楽しむ街”というイメージ。それを払拭することが必要だと考えていた中、あるバラエティ番組がロケをした際、そのスタッフに「熱海はネタがいっぱいありますね。数カ月分仕込めますよ」と言われたことがヒントになった。

観光地である熱海は、海、山、温泉、飲食店にホテル、公園に島までそろっており、東京に近いという地の利もあることに気づいた山田氏は、12年6月に市の公式ウェブサイト内で「ADさん、いらっしゃい!」というページを開設。テレビ番組で紹介されることで、負のイメージからの脱却を狙い、情報番組やバラエティのロケを積極的に無料でサポートすることをアピールすると、「以前は年間20~30本だったロケが、あれよあれよという間に、初年度で60本に倍増。3年目になるとスタッフさんのリピーターも増えて、それ以降は100本ペースで今年度も来ています」と、依頼が殺到するようになったのだ。

特に重視しているのは、バラエティ番組。当然、『王様のブランチ』(TBS)や『ヒルナンデス!』(日本テレビ、きょう8月22日の放送でも登場)など、情報系の番組で飲食店やホテル、温泉などを直接的にPRしてもらうのも効果はあるが、「バラエティ番組は若い人が見ているので、芸人さんたちの会話も相まって、熱海が『なんか面白そう』というイメージと共に、SNSで拡散される。そうすると、週末に温泉でも行こうかという話になった時に、脳裏から“熱海”という選択肢が出てくるんです」といい、CMやミュージックビデオの撮影よりも、バラエティのロケを優先しているそうだ。

「無理だろう」な企画も

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「街中ゴルフ対決」が行われた初島

そのため、「通常なら無理だろうとい思うような企画でも、なんとしてでも実現することにこだわっている」という山田氏。最近で印象に残っているロケは、冒頭であげた『水曜日のダウンタウン』が、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のエピソードを実証する「こち亀検証SP」(18年4月11日放送)で、初島で行った「街中ゴルフ対決」だ。

タイトルのとおり、街中を舞台にゴルフを行うという、漫画でしか実現できそうにない企画だが、初島の20軒ある民家をすべて訪ね、柔らかい使用球を見せて企画趣旨を説明し、畑に入ってしまったら植えたばかりのジャガイモの苗を踏まずに足跡も直す…などといった条件で了解を取り付けた。

また、近くに人がいた場合、ショットが終わるまで通行を待ってもらうことを想定していたが、当日はこのロケにとって幸いにも大荒れの天候。出歩く人がほとんどいなかった上、島にやってくる観光客の出足も遅く、早朝から始まったロケが昼過ぎに終了した頃にようやく来島する状況だった。民家の庭にボールが入ってしまった際は、住人の許可を得て外に戻させてもらうなど協力を得て、実現不可能と思われたロケが無事に放送された。

熱海だけにあるバラエティに必要な3要素

この「街中ゴルフ対決」のロケが行われた同じ日、熱海市内では『水曜日のダウンタウン』で別のロケも行われていた。それは、放送日も同じ「こち亀検証SP」の「マルチスポーツ対決 サイクル×野球」。プレイヤー全員が自転車に乗って野球するというルールだが、前述の通り荒天のため、自転車に踏み荒らされたグラウンドはグチャグチャになってしまい、スタジオの松本人志が「担当者めっちゃ怒られたやろ」と心配するほどだった。

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「マルチスポーツ対決 サイクル×野球」が行われた熱海市民グラウンド

普通なら、そんな野球場の使い方はさせてくれないはずだが、「ちゃんとグラウンドをきれいにして戻すという約束で、管理している担当課の許可を得たので、3日くらいかかって元通りに直しました。最初はスタッフさんだけで作業してもらってたんですけど、それでは埒(らち)が明かないので、私と別の職員も手伝って(笑)」と、実現のために苦労を惜しまない。

野球場は、もちろん熱海だけにある施設ではない。それでも頼ってきたのは、都内近郊がすべて断られても、「熱海ならできる」というイメージが、番組のスタッフ内はもちろん、バラエティ業界に浸透してきているからだ。

映画やドラマのロケを誘致・支援するフィルムコミッションは全国各地に存在するが、このようにバラエティに注力する地域は見当たらない。「東京から近い、ネタがいっぱいある、品位が落ちるようなふざけたこともやらせてくれる。このバラエティに必要な3つの要素を持っているのは、熱海だけなんです。他の市町に真似できないことをやらないと勝てないですからね」と、山田氏が経験した民間では当たり前の競争意識が、自治体での仕事でも生きている。