7月30日、Airbnbがこれまで関東、関西、福岡、沖縄で提供していた「体験」サービスの範囲を、日本の全地域に拡大すると発表した。
弊誌ではこれまでカヤックの体験イベントや、建築家の隈研吾氏と新国立競技場を歩く特別イベントなどを取り上げてきたが、ようやくこれまで一部観光地でしか出来なかったAirbnbの「体験」サービスを、全国で味わえるようになったわけだ。Airbnbの田邉泰之 代表取締役に今回の発表の経緯を聞いた。
サービス範囲拡大のワケは、「想像以上の需要」
「『体験』サービスの利用者が急激に増えていることが、サービス範囲の拡大に至った理由です。2017年には、グローバルで昨年比25倍、日本では8倍ユーザー数が増加しました。これは当社が行っている宿泊事業(民泊や旅館なども含む)とは比にならないスピードで成長しています」と田邉氏は語る。その成長スピードはAirbnbにとっても予想以上であったそうだ。
同社の「体験」サービスのマーケットにおいて、日本は世界2位の予約数を誇っているという。特に人気が多い都市のは東京・大阪で、予約数はグローバルの都市でもトップクラスだ。このように日本で体験サービスのマーケットが成長している要因は、「文化の奥深さ」にあると同氏は説明する。
「海外の人が旅先の国の文化に触れようとしたとき、自分で一生懸命文化について学ぶよりも、地元で文化に造詣が深い人に聞いた方がより理解を深めることが出来ます。特に日本には神社や仏閣、食などといった奥深い文化が多くあるため、旅先で地元の人から詳しく説明をしてもらうことの出来る『体験』サービスが人気を集めています」
「宿泊」と「体験」で「旅のワンストップサポート」へ
同社が運営している宿泊事業よりもまだ知名度が低いように思う「体験」サービスであるが、そもそも同社がこのようなサービスを展開しているのは、「旅をワンストップでサービス出来るプラットフォーム」を目指しているためだという。
「宿泊は旅のサポートの最初の入り口。『体験』はその次のステップとして位置づけています。決して事業の軸をシフトするというわけではなく、どちらも創業当初から力を入れいていこうと考えていたもの。今後もどちらも並行して進めていく予定です」
建築家・隈研吾と組んだワケ
サービスを複数軸で展開し、旅の可能性を広げるAirbnb。冒頭にも書いた、「隈研吾氏と新国立競技場を歩くことの出来る体験イベント」を開催した目的は、Airbnbユーザーに「究極の旅体験」をしてもらうためだという。
「Airbnbには、グローバルで3億人ものユーザーがいます。ユーザーに『こんな体験が出来るのか!』と思ってもらえるように、先日の(隈研吾氏の)体験イベントを実施しました。また日本においては以前、(同種の試みとして)『東京タワーに宿泊する』という特別企画も行いましたね」
さらに、「私たちが提供するのは、まだまだ新しい旅のスタイル。これからは、早い段階でサービスを利用してくれているアーリーアダプター層の先の人々にアプローチしていきたい」とする。Airbnbが展開する特別イベントは、新たなユーザーを呼び込むための1つの広告手段でもあるのだろう。
ビジネスチャンスを生む「働き方、住み方、旅の仕方」改革
「体験」サービスの特徴は、”観光地から一歩外れた場所”にも人気が集まる点にある。例えば「築地市場の中でも、一般の観光客がなかなか入れないエリアで市場の雰囲気を味わうことの出来る体験」が人気だそう。今回「体験」サービスが全国で展開されることになったことで、主要の観光地から一歩外れた地で、これまで眠っていた観光資源に人が集まるようになることが期待される。
「人の動きが変われば、そこに新たなビジネスチャンスが生まれます。例えば、多くの人が観光に来るようになったため、そこでカフェを運営すれば収益を立てられるかもしれません。また、これまで空き家だった物件が宿になり、クリーニングサービスやリネン交換といった新たな仕事も増えます。案内をする人も必要ですよね。さらにはその地を気に入って移住を検討する人もいるかもしれません。『働き方改革』『住み方改革』『旅の仕方改革』が組み合わさり、新たなビジネスの種がいくつも生まれています」
「民泊新法」はファーストステップとして必要だった
ここまで同社の体験サービスについての話を聞いたが、それとは別に気になる点があった。2018年6月15日より施行された「民泊新法」についての話である。施行からは2か月が経とうとしている今、改めて田邉氏が新法をどう捉えているかを聞いてみたところ、「民泊新法は、日本において民泊市場を広げるためのファーストステップとしては決して悪いものではなかったと思っています」と同氏。
営業日数が180日と限られてしまったことを踏まえても、「それだけの日数で問題がないというホストも多い」「現状の法律の中でも十分市場は大きい」と前向きだ。「本格的に市場を育てていこうとなったときに、一気にドアを広げてしまったら、もし問題が起きたときに、固く締めざるを得ませんからね」と続ける。
また「直近の課題は、この新法の中で安心と安全を確保すること。いきなり家の近くに外国人が泊まることだって、抵抗がある人がいますからね。受け入れ態勢を整えるためには、まだまだあと数年かかると思っています」とも語った。
ひとまずは「ラグビーW杯」と「東京五輪」を目標に
なお同社の今後の事業戦略を聞くと「『体験』のマーケットは成長が速すぎて、予測するのが難しい状況です。一方の民泊においては、ひとまず2019年に日本で開催される『ラグビーW杯』、そして2020年の『東京五輪』での宿泊所の提供の手伝いが出来れば、と思っています」と同氏。
来たる2020年、国の政策通りに4000万人以上の外国客が日本に訪れるとしたら、宿泊所の提供はもちろんのこと、「日本ならではの体験」をしてもらうことによって、日本を好きになってもらい、「また来たい」と思わせることが、2021年以降のインバウンド市場の盛り上がりにつながる。今回のAirbnbによる「体験」サービス範囲の拡大は、全国に眠っている観光資源を掘り起こし、観光国としての日本の価値をさらに高めることにつながりそうだ。
(田中省伍)