ダイハツ工業が新型の軽自動車を発売した。車名は「ミラ トコット」。何ともかわいらしい響きのある名前だ。ダイハツは女性や初めてクルマを購入する若年層をメインターゲットにこのクルマを開発したのだが、中でも興味深いのは、女性社員によるプロジェクトチームを作り、“いまどき”の女性の感性に着目したコンセプトづくりを行ったという点。女性目線のマーケティングを多分に反映させたクルマなのだ。
従来も「ミラ ジーノ」や「ミラ ココア」など、デザインコンシャスなモデルを発表してきたダイハツだが、ミラ ココアのモデルチェンジを考えた時、純粋にモデルチェンジするか、別モデルにするかという議論になったそうだ。というのも、若い女性に人気がある反面、「(ココアは)可愛すぎてちょっと……」というネガティブな意見もあることをダイハツは把握していたからだ。そこで、新型車の開発に向け女性社員のプロジェクトチームを発足させた。
軽自動車の本質は外さないクルマづくり
トコットの開発では、「かわいさ」や「カッコよさ」を強調する従来の「盛る」という発想を転換。“素”の魅力を追求し、「シンプルなデザインで肩肘張らずに乗れる軽のベーシック」を作ることにした。このように、デザインだけを見ても考え方が今までとは違う。
プラットフォームは「ミラ イース」と共用する。エンジンは「ムーヴ」と同じで、CVT(無段変速機、歯車ではない機構を用いたトランスミッションのこと)はミラ イースに搭載される最新のものだ。既存のパワートレーンなどを使いつつ、ミラ イースで培った軽自動車の本質的な良さを継承しながら、「ちょっといいモノ」を目指した。
エクステリアデザインは、スクエア調ながら角を落とし、丸みも感じられる愛嬌のあるもの。シンプルでありながら車両感覚をつかみやすく、死角の少ないデザインは乗る人に優しい仕上がりだ。
車内の便利なところ、欲しいもの
ドアを開けると、ほぼ90度近く開くのに驚いた。そもそも、クルマのボディサイズがコンパクトなのだから、開口部そのものの大きさは限られる。が、足つきも良く、これなら老若男女、乗り降りしやすいと感じた。
シートはシートバックがベージュ、座面はブラウンでパイピングを施してある。縦の素材違いの2トーンは良くあるが、座面とシートバックで分けるのは珍しい。これには、座面は汚れやすいから濃いめの色とし、シートバックは明るい色にすることで室内を明るく演出するという狙いがある。インテリアと実用性をディテールに至るまで考慮しているのだ。
着座姿勢もアップライトすぎないポジションが取れる。ただ、コスト的に厳しいのは承知だが、軽自動車がこれだけポピュラーになっていることを鑑み、また女性のことも考えれば、テレスコピック(ステアリングの位置を前後に調整できる機能)も装備してくれると嬉しい。
ダッシュパネル周りもスイッチ類が少なく、すっきりと極めてシンプルだ。実はトコット、価格を抑えるための努力もしている。抑えるところは抑え、必要なものは装備するというメリハリをつけているのだ。たとえばエアコンはオートではなく、マニュアルのみ。でもこれ、まったく不便は感じないと思う。そもそも、クルマのエアコンって、さほど操作しないんじゃないだろうか。人によるかもしれないが、乗り込んだ時に暑かったり寒かったりして多少の操作をしたとしても、ある程度落ち着いたら、風量や温度を頻繁に調整する必要は感じない。この割り切りはアリでしょう。
軽では珍しく2口のUSBソケットが備わっているが、国産の登録車でも、2口が標準装備となっているクルマはまだまだ少ない印象。今や、スマートフォンの充電などにマストなアイテムだけに、ありがたい装備だ。ただ残念なのは、充電中のスマホなどを置くトレイがない……。センターのドリンクホルダーに置く感じか。いや、スマホに限った話ではなく、コンソールボックスも装備されていないので、収納が少ない。ドアポケットやシートアンダートレイ、ショッピングフックなどの装備はあるのだが、運転席から手の届く距離に隠せる収納が欲しいと思った。
女性テストドライバーが評価した走りの実力は?
ところで、トコットはデザインやユーティリティのみならず、走りの面でも、女性のテストドライバーが評価し、セッティングを行ったそうだ。
パワーステアリングの操舵力は、狭い路地や車庫入れがスムーズにできるよう、軽めのセッティング。実際に走ってみたが、街中では軽くて操作しやすく、高速道路でも、不安定な感じや頼りなさといった違和感はなかった。要は、しっかりとした手応えがあれば、操舵力が軽くても問題ないのだ。むしろ、楽に操作できるのは嬉しい。
サスペンションチューニングもダイハツがこだわったポイント。ステアリングを切った際、大きくロールすると女性は不安感を持つということがわかり、同社は改善に注力したそうだ。
ここでもコストとの戦いがあった。ロールを抑制する「スタビライザー」(スタビ)を装着すれば話は早いのだが、このパーツ、コストがかさむ。そこで、スタビはつけずに“不安感のないクルマの動き”とした。
通常、スタビがないとスプリングレート(サスペンションのバネの硬さ)が上がることになり、乗り心地とトレードオフの関係になりがちなのだが、トコットの乗り心地は快適で、高速のランプウェイなどでも不安はなかった。ロール量ももちろん関係するが、ロールのスピードを抑えてあるだけでも、体感的には“怖さ”がかなり違う。
長年、ドライビングスクールなどで女性ドライバーと接していて思うことがある。一般的にクルマの専門用語に詳しくない女性は、クルマを運転した感想を専門用語をちりばめて詳細に語ることこそ少ないが、そのセンサーはかなり繊細で、クルマの動きにも敏感だということだ。トコットの開発に加わった女性ドライバーも、同性だからこそ、そんな気持ちを汲み取って、安心して走れるチューニングを施せたのかもしれない。そしてもちろん、トコットは、万一の際の事故被害を軽減する衝突回避支援システム「スマートアシストⅢ」を全グレードで標準装備している。
多様化する軽自動車、ブレないダイハツ
クルマのカタチやカテゴリーはどんどん多様化している。そして、日本のマーケットにおいては今や、軽自動車がクルマの販売全体の4割を占める。となれば、「軽」の中でもニーズに応じてセグメントやヒエラルキーが細分化していくのは当然だろう。そんな中でもダイハツは常に、シンプルで運転しやすく、低価格という「軽の本質」を押さえたモデルをブレずに作り続けている。
トコットも本質に則したクルマだし、女性目線のマーケティングも、あながち間違っていないと思う。女性が使いやすければ、そのクルマは誰にでも使いやすいはず。女性に媚びてはいないが、かゆいところに手が届くトコットは、軽を知り尽くしたダイハツらしい1台だ。
(佐藤久実)