飽くなきコストダウンへの挑戦と、H3への期待
H-IIA、H-IIBというと、他国の同クラスのロケットと比べ、やや割高であるという弱点がある。
H-IIAは少しずつ商業打ち上げを受注しつつある一方、H-IIBは開発当初、「こうのとり」の打ち上げ以外に、大型の静止衛星や、静止衛星の2機同時打ち上げ(デュアル・ローンチ)の打ち上げ需要を狙っていたものの、いまだ商業打ち上げは果たせていない。
そこで、少しでもコストダウンするべく、毎号機ごとに少しずつ改良が加えられており、たとえば今回の7号機では、第2段にあるヘリウム・レギュレータ(ガスの圧力を調節する部品)が変更され、従来は2段階で必要な圧力まで落としていたものを、1段階で落とすようにし、部品点数の少ないシンプルな構造になっている。
この新しいレギュレータは、すでにH-IIAでは導入されており、今回からH-IIBにも適用されることになった。ちなみに、これによるコストダウンの度合いは「軽自動車並み」だという。
一方、スペースXの「ファルコン9」ロケットなどは、H-IIAやH-IIBの半額近い価格で打ち上げを実現しており、ちょっとやそっとのコストダウンでは太刀打ちできないのが現状である。
H-IIA/H-IIBロケット打ち上げ執行責任者を務める、三菱重工の二村幸基(にむら・こうき)氏は、「H-IIA、H-IIBは、すでに開発を終えたものを技術移転という形で使っているので、ロケットのさまざまなところを勝手に改善や改良することができない。コストを下げるために地道に努力をしているが、大幅に下げるには至っていない」と語る。
ただ、「コストをダイナミックに下げるためには、大きな開発を伴わないと実現できない。そこで、次の『H3』ロケットの開発が始まっている。これをもってグローバルな市場で戦えるようにしたい」と、次世代ロケットでの巻き返しに向けた意気込みを語った。
また、H3の開発と、そして低コスト化の達成ために、現在のH-IIAやH-IIBの技術や実績がとても重要だとも強調する。
「宇宙ロケットというものは、突然新しいものを造るということはあまりなく、これまで培ってきた技術的なノウハウ、あるいは打ち上げを繰り返すことによって得られたデータ、それに基づいた知見といったものをベースに、次のものを開発するのが当然。つまり継続性が大事」(二村氏)。
その例として、二村氏は「材料の使い方」を挙げた。「たとえば材料の曲げ方や削り方などを思い切って変えようとした際に、これまで培ってきた材料の特性などの知見を踏まえた上で、それが成り立つという見通しがあれば採用し、大きくステップアップできる」。
また、そうした過去の知見に基づいた技術革新を取り入れる一方で、「3Dプリンタのような新しい生産技術などについても積極的に取り込む」と語る。
たとえばH3においては、新型の第1段エンジン「LE-9」の部品などの製造に3Dプリンタを取り入れ、低コスト化が図られている。
ロケット以外の課題も
二村氏はまた、ロケット本体以外の課題についても、軽くながら触れた。
ロケットは、どうしても宇宙に飛んでいく機体そのものに注目が行きがちだが、打ち上げを支える発射台や、ロケットを組み立てたり、積み荷である衛星を受け入れたりする宇宙センター全体、さらにロケットや衛星を運び入れるための空港や港といった、その周辺のインフラ環境なども重要になる。
むしろロケットの機体は、それらをひっくるめた"システム"の一部に過ぎない。
そうした機体以外の問題として、かねてより課題として周知となっていることのひとつに、種子島宇宙センターに衛星を運び入れる際の利便性の問題がある。
他国のロケットの場合、発射場の近くまで航空機で衛星を運び、そのまま発射場にスムーズに搬入することができる。しかし、種子島宇宙センターの近くにそうした施設はなく、やや離れたところにある種子島空港は滑走路が短く、大型の輸送機が降りられないことなどから、いったん別の大きな空港に衛星を降ろし、そこから船で種子島に運ぶ必要がある。
国内需要だけを考えるならあまり問題ないが、グローバルな市場で戦うことを考えると、「宇宙センターの間近まで航空機で輸送ができないのはマイナスポイント」(二村氏)だという。
もちろん、空港の拡張など、ロケットの機体以外の課題の多くは三菱重工だけで解決できることではなく、国や省庁、地方自治体などの協力、行動が必要不可欠になる。二村氏は具体的な解決策や、あるいはその他の課題については言及を避けたが、「多方面にご要請させていただいている点もあれば、我々が手をかけていくところもある」として、改善に向けて努力していることを示した。
米国では、すでにスペースXのファルコン9ロケットがH-IIAを超える打ち上げ回数をこなし、再使用による大幅なコストダウンも達成している。さらにブルー・オリジンの再使用ロケット「ニュー・グレン」の開発も進んでいる。こうした革新的なロケットと比べると、H-IIAやH-IIBは価格面はもちろん、さまざまな面で大きく引けをとっている。
しかし、日本の基幹ロケットとしての意義、とくにH-IIBにとっては、「こうのとり」を搭載してISSに物資を送り届け、国際貢献を果たすロケットとしての意義が失われるわけではない。そしてその実績やノウハウ、知見は、次の世代のロケットと人へと受け継がれようとしている。
それを未来に活かせるかどうかは、今後、日本のロケットはどうあるべきか、世界の商業打ち上げ市場の中でどういう地位を占めたいかといった目標、目的を明確に定め、そこに向けて抜本的かつ確実な施策を取れるかどうかにかかっている。
参考
・JAXA | H-IIBロケット7号機による宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機(HTV7)の打上げについて
・平成30年度 H-IIBロケット7号機 打上げ計画書
・ロケット再突入データ取得システムの空力設計検証試験について
・JAXA | H-IIBロケット
・三菱重工|MHI 打上げ輸送サービス: 製品ラインアップ
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info