WOWOWで放送中の浅田次郎原作の時代劇『連続ドラマW 黒書院の六兵衛』(毎週日曜 22:00~全6話)が、8月8日(水)深夜1:20より、"まだ間に合う! 1~3話一挙放送"を放送する。吉川晃司が演じる主人公・的矢六兵衛のセリフが全編を通してほとんどないという前代未聞の物語で、吉川は難役ともいえるこの役柄をどう演じたのか。

吉川晃司

――オファーを受けた当時のことをお聞かせ下さい。

僕は2年ほど前から喉を痛めていまして、去年の段階で、今年は歌手活動を休止することを決めていたんです。そんなタイミングで「台詞のない」役のオファーですからね。ある意味で、運命的なものを感じたのは事実です。ただ、それがお引き受けした理由ではないですよ(笑)。浅田次郎さんの原作が面白かったというのが大きいです。いったい、どうやってこんな設定を思いついたんだろうと思いましたからね。前に『夢に出てきたんだ』とおっしゃっていたので、そんなにカッコ良い話があるのかなと思って(笑)、先日、対談させていただいた際に、直接うかがってみたんです。そうしたら、本当だったみたいです。六兵衛が夢に出てきたというよりは、ヒントになる情景が出てきたんだと。でも、そこから膨らませたっていうのは、やっぱりすごいなぁと思いました。とはいえ、いくら面白い原作でも、映像化するとなると、特に今回の作品なんて、リスクが高いでしょう。それもまた、乗った理由のひとつです。『石橋を叩いて渡る』のは、僕の性に合わない。僕にとっては『石橋は壊して、泳いで渡る』ものですから(笑)。そういう作り手の方々の気概がうれしかったですね。

――台詞がほとんどない役をどう演じるか……これは相当悩まれたのではないですか?

台詞がないということは、何をもって彼の気持ちを周囲に、そして視聴者の方に伝えるかということになるんですが、だからと言って、表情の芝居を中心にしたら、上っ面な、薄っぺらいものに感じられてしまう気がしたんです。そこで大きかったのが「弓馬術礼法小笠原流」(本作で「所作指導」を担当)の方々との出会いでした。彼らの所作は、とてつもなく美しい。僕は常々「しなやか」でありたい、と言っているんですが、まさに僕の思う「しなやか」を体現しているんです。ただ、この礼法を身につけるには、これまた、とんでもない体幹と筋力の強さが必要とされる。たとえば、座った状態から立ち上がるときは、誰でもまず体を前に傾けてから立つでしょう。彼らは、そのまま垂直に立ち上がるんです。流鏑馬も学びましたが、あくまで彼らがやっているのは実戦向けでね。馬と触れているのは足先の部分だけで、腰は常に浮かせているんですよ。僕も体幹や筋力は日々、鍛えているつもりでしたが、お話になりませんでした。衝撃の連続でしたよ(笑)。

約2カ月半、ずっと稽古をつけていただきました。撮影の合間に稽古、というのではなく、稽古の延長上に撮影があった、という表現のほうが正しいと思います。そのご厚意に報いるためにも、少なくともカメラに映ったとき、「それらしく」見えるレベルにまでは到達しなくちゃいけない。毎日が戦いでしたね。「小笠原流」は、武士道の極みと言えるものでしたから。いつ戦が起こっても対応できるように、日常の動きの中で鍛錬していく……。現代人の感覚では、ちょっと付いていけないレベルのことを、あの方々はずっとやっているんです。そして、それを現在まで何百年間も伝えてきたんだから、凄まじいですよね。

ただ、同時に、その状況下に自分を置くことで、六兵衛の人物像に近づけたかなという思いがあります。「小笠原流」の所作をしっかりやること。それをベースに、小手先の芝居はやらない。誤解を招くかもしれませんが、いかに「何もしない」か、というのが大きなテーマでした。これが究極だと思ったんです。「何もしない」ことによって、六兵衛の意を周囲に伝える。できていれば良いんですけど、自分としては、どこまでやれたか分かりません。作品をご覧いただいて、そのあたりを判断していただければと思います。

――台詞のない六兵衛の一方、上地雄輔さんが演じる加倉井隼人の台詞は膨大な量でしたね。

六兵衛が全く喋らず、ずっと城に居座り続けるので、彼の気持ちを探り、説得しようとするのが上地くんが演じる加倉井です。上地くんとは『精霊の守り人』でも共演していましたが、同じアスリート出身ということで、ウマが合うんですよ。でも、彼は大変だったと思いますよ。六兵衛が喋れないぶん、単純に考えても、2人分の台詞の分量がある。いや、もっとあったかもしれませんね(笑)。大変そうだったけど、気合いで見事に乗り切っていました。そういうふうに「目の前のハードルを超える」ことは、彼もきっと慣れているんでしょう。

僕なんかはもう、彼が台詞を間違えたりすると、今度はさらに混乱させるようなことを、わざと言ったりしてね。僕も、彼の台詞を時には覚えていたわけですよ。だから、あえて似たような台詞を彼に聞かせると「吉川さん、やめてくださいよ! 本当の台詞が分からなくなっちゃうから!」って怒るんです(笑)。劇中では、加倉井が一方的に六兵衛に話しかけるんですけど、上地くんはキャッチャーだったでしょう。僕はどちらかというとピッチャータイプだから、役柄を離れたところでは、バッテリー的な関係だったと思いますね。たぶんキャスティングの時点でも、そういったことが念頭にあったんじゃないでしょうか。とても楽しくやれました。いろいろと話していても、面白かったですよ。キャッチャーって、常に人の心を読む必要がありますよね。だから上地くんはいまでも、どこへ行っても自然とそうなるらしいです。

――吉川さんは大河ドラマの『天地人』(2009年)、『八重の桜』(2013年)を始め、多くの時代劇に出演されています。意識して時代劇を選ばれているのでしょうか。

僕は時代劇とかSF作品が好きで、俳優として仕事をさせていただくときは、そういうジャンルだと食指が動くんです。たとえば「ハードボイルド」だったり、今回で言えば「武士道」がまさにそうかもしれませんけど、現代においては違和感を持たれてしまうようなことも、"いまではない、いつか"や"ここではない何処か"を舞台にすれば、観てくれる人の心にもストレートに届くでしょう。そういうところがうれしいんですね。すごく単純に言えば、そこには「夢」がある。歌手としてもそうですけど、僕自身がエンターテインメントが好きだし、それを伝えられる存在でありたいと思っているので、今後も「夢」が感じられる作品に参加できればいいなと。今回は撮影の拠点も、歴史のある東映京都、太秦の撮影所だった。各パートの「職人」の方々の技に触れられるというのも、大きな喜びでした。

――本作品を通して視聴者の方々に伝えたいことは?

六兵衛がなぜ、何も語ることなく、江戸城に居座ったのか。あれだけ武士道を体現した人物の行動ですから、きっと意味があるんだろうと。彼なりの信念と哲学は、間違いなく持っていたと思うんです。でも、大事なのは、何か「正解」を一つに決めることではない。終わりゆく江戸時代、武士の時代にあって、彼がああいう行動を取ったこと自体が重要なんだろうと。その行動によって、周りに「考えさせた」ことが素晴らしいと思うんですよね。僕の中では、六兵衛とボブ・ディランが重なります。「答えは風に吹かれている」という……。なんでも答えを一つに決めようとする風潮があるけど、そうじゃないんだ、立ち止まって考えてみようじゃないか。それが大切なんだよ、って。 だから、こういう素材がいまの時代にドラマ化されるというのも、もしかしたら必然だったのかなと思っているんです。六兵衛の姿を通して「何か」を感じてもらえれば、うれしいですね。