池井戸潤原作にハズレなしとばかりにヒットしている映画『空飛ぶタイヤ』。トラックの脱輪事故が整備不足によるものではないかと追い詰められた中小運送会社の社長・赤松がその判断に疑問を感じ、独自の調査を行うと意外な事実が浮かび上がってくる。それは大手企業の進退を揺るがすものだったため、様々な妨害を受けながらも、中小企業が歴然と力に差のある大手企業に真実を求めて敢然と立ち向かっていく。
池井戸ものといえば、『半沢直樹』や『下町ロケット』『陸王』などに代表される、真面目に生きている人間が報われる勧善懲悪ストーリー。『空飛ぶタイヤ』も期待に違わず勇気がもらえる。その勇気を担う主人公・赤松を演じるのは長瀬智也だ。
外見はかっこよすぎるが、内面を近づけた長瀬
だがしかし、原作を先に読むと勇気よりまず疑問が沸いてくる。赤松が登場するときの描写を引用してみよう。
「(前略)ずんぐりした赤松の姿が浮かんでくる。若いつもりがいつのまにか四十を過ぎ、髪も薄くなって疲れきり、脂の浮いた額が光っていた。
認めたくないが、どっから見てもオヤジだ。
しかもいまの赤松は、控えめにいっても、かなりしょぼいオヤジだった(後略)。
長瀬智也も今年40歳になるので年齢的にはちょうどいいが、風貌の描写のギャップに驚いた。驚き過ぎて、原作者インタビューの機会に恵まれた際、「赤松の風貌の描写と映画で赤松を演じている長瀬智也さんにはだいぶギャップがある気がしたのですが、いかがですか?」と質問したら、「確かに原作より長瀬さんは格段にかっこいいですが(笑)、ストレスが溜まっている感じの演技をされていて、赤松になりきっていると感じました」と回答された。
映画の赤松はずんぐりしてないし髪も薄くないし脂も浮いてないししょぼくない。でも長瀬はまぎれもなく赤松だ。役にアプローチするとき見た目から寄せていく方法もあるが、『空飛ぶタイヤ』で長瀬は役の内面にアプローチしたのだろう。責任感や信念の強さで中小企業のヒーローとなり、こんな人の下で働きたいと思う赤松になっていた。
つながりを感じさせる演技
そもそも長瀬智也はこのテの役が似合う。まっ先に思い浮かぶのは、彼の代表作のひとつ『池袋ウエストゲートパーク』(00年)。長瀬は池袋をホームグラウンドにして仲間と共にそこで起こる事件を解決していく青年マコトを演じた。地元や仲間を大事にして、大切なもののためならとことん体を張る。傷ついても傷ついてもくらいついていく、言葉は悪いが熱血馬鹿な感じが魅力的だった。
その後『クローズZERO』シリーズ(07〜)や『HiGH&LOW』シリーズ(15〜)などヤンキー系エンタメが大ヒットしていくが、『IWGP』はその前身といってもいいだろう。また、2014年には「マイルドヤンキー」という用語が生まれ、ヤンキー系エンタメはガチからマイルドまで裾野が広がっていく。
『IWGP』のあと長瀬が主演した医者もの『ハンドク!!!』(01)は、池袋のチーマーがブラック・ジャックに憧れて医者になるという話だった。その後、数々の作品を経て、マイルドヤンキーエンタメの可能性を拓いた長瀬が到達したのは、池井戸潤ものだった。池袋でチーマーだった男が、原作いわく“土臭い”運送会社の社長になって、古参の従業員から若手社員までその生活の面倒を親身に見ている。そんな履歴書の妄想をひとしきり楽しませてもらえるほど、本質(絆、仲間、真実、正義みたいなこと)は近いものがあるような気がする。
後輩にもキャラクターの系譜
長瀬の面白いところは、TOKIOでは最年少の弟キャラにもかかわらず、俳優として出るときは後輩の面倒見のいいアニキキャラであるところだ。『ハンドク!!!』では同じジャニーズ事務所の二宮和也がチーマー時代の弟分として出演していた。『空飛ぶタイヤ』にはジャニーズ事務所の後輩・阿部顕嵐(Love-tune/ジャニーズJr.)が若手整備士・門田役で出演している。
長瀬は、阿部扮する金髪のいまどきの若者・門田に手を焼きつつ、気にかける大人としての役割を担う。門田は大人から見たら理解に苦しむところもあって、当初は脱輪事故も彼の整備ミスなのでは? という疑惑も持ち上がる。
出番はそれほど多いわけではないが重要な役だ。大人からはちょい悪に見える青少年の意外な面という点において、門田は長瀬が得意としてきたキャラクターの系譜でもある。阿部は、「若いつもりがいつのまにか四十を過ぎ」というネガティブな感じではなく、いい感じのおじさんになった先輩・長瀬の背中を、初めての映画出演で見る幸運に恵まれたといえるだろう。
■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、ノベライズ『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP 』 など。5月29日発売の蜷川幸雄『身体的物語論』を企画、構成した。
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