TOKIOの長瀬智也が主演を務める映画『空飛ぶタイヤ』(公開中)の脚本家・林民夫が、同作についてコメントを寄せた。
同作は、『半沢直樹』『下町ロケット』『民王』など数々のヒット作を送り出し、ドラマ化される度に高視聴率を記録する作家・池井戸潤の同名小説を映画化。トラックの脱輪事故によってバッシングされた運送会社社長・赤松徳郎(長瀬智也)は、欠陥に気づき製造元・ホープ自動車を自ら調査するが、そこには大企業のリコール隠しがあった。
SNSでは「組織と闘う一人の男の葛藤、勇姿が描かれていた。痺れました。 久しぶりに飽きない2時間だった」「高い技術と誇りを持って立ち向かっていくプロのおっさん達の姿は、本当にかっこよくて惚れる」とクチコミが広まり、現在大ヒット中の同作。矢島孝プロデューサーも「キャスティングよりもまずは脚本だと思った」と語る通り、丁寧ながらもテンポの良い展開で、濃い2時間となっている。今回は、気になる部分について林がメールで回答を寄せた。
アメリカのネットドラマをイメージ
――池井戸作品初の映画化作品である『空飛ぶタイヤ』の脚本依頼があった際、どのような印象を受けましたか?
読み始めたらぐいぐいと引き込まれ、一気読みしました。社会派でありながらエンターテインメントとして成立しているのが素晴らしいと思いました。初めての映画化だったのはその時は知りませんでした。この作品にとってどうか、この物語にとってどうか、ということを最優先事項に考えました。
――脚本を執筆するうえで意識したことや、苦労された点は何でしょうか?
2時間におさめることです。まず、タイヤの脱輪事故から始まる、ある種の巻き込まれ型の物語としてとらえました。脱輪事故がなければ、主人公の赤松は別の人生を歩んでいたはずだからです。だから脱輪事故を冒頭早い段階で起こし、赤松がどういう人間であるかということを、それに対処する行動で描いていきました。
他の登場人物も同じで、自分語りを極力排し、非常時に対する行動、リアクションで人間を描きました。アメリカのネットドラマのように、背景をあまり描かず、物語で転がしていくイメージです。ある状況に対し、怒るのか、あきらめるのか、自分を守るのかで、人間が現れてくると思ったのです。観客の想像力を信じ、行間を駆使し、時には台詞のないリアクションで人間を描くという方法です。
それでも登場人物があまりに多く、2時間ではおさまりきりません。赤松とホープ自動車の狩野(岸部一徳)は最後まで会うことはありません。最終的な闘いは刑事の高幡と狩野です。別軸で闘っていた井崎(高橋一生)を赤松は存在すら知りません。でもそれこそが巨大な敵と闘うリアリティにあふれていて、赤松にとって本当の敵は、顔が見えないのです。
主人公なんだから赤松と狩野が最後は直接対決しよう、などという物語のための決着は最初から考えませんでした。敵は顔が見えないけれども、どこかで顔の見えない誰かが自分なりの方法で共に闘ってくれているシーンが物語を豊かにしてくれていると思いました。多くの登場人物がこの物語には必要なのです。必要ならば描いていくしかありません。シークエンスでいろんな人物をさばきながら、うねるように観客を巻き込むことだけを考えました。それでも脚本は140枚近くになり、本木監督の職人ような的確な演出がなければ2時間ではおさまらなかったでしょう。
原作の精神に則ったラストシーン
――原作では描かれなかったラストシーンを入れたのはなぜでしょうか?
赤松がホープ自動車の人間で接するのはほぼ沢田(ディーン・フジオカ)だけです。彼には最初、沢田=ホープ自動車に見えている。でも沢田は単なる一社員で、しかも会社の中でこの事故に関して一番動いてくれているのが彼なんです。それを知らない赤松は、沢田に怒りをぶつける。その2人の関係が僕には、すごく面白かった。だから2人を軸に物語を考えていきました。
最初は沢田は電話にもでない。沢田は実在してるのかとさえ赤松は思う。ロビーですれ違う。電話で初めて話す。そして直接会う。1億円の補償金を境に2人の人生は別方向に歩みだす。子供の文集を切っ掛けに再び邂逅する。そんな2人のある種のバディものととらえて、彼らがときには争い、最後は一瞬心を通い合わせて別れていく姿を縦軸に描いていきました。
別軸の井崎には「人、1人が死んだんですよ。どうしてそんな会社を助けなくちゃいけないんですか」という直接的な台詞を一言だけ言わせていますが、つまりはそういう話なのではないかと思ったのです。すべてが解決しても命は戻ってこない。人、1人が死んでいる。そのことを痛感している2人がいる。だからあのラストシーンが必要だと考えました。原作の精神と同じだと思います。
――完成した作品をご覧になった感想や、長瀬さん、ディーンさん、高橋さんたちの演技はいかがだったでしょうか?
素晴らしかったです。長瀬さんは台詞を言っていない時の苦悩の表情も素敵です。父親のあとを継ぎ、10年苦労してきた社長に本当に見えました。おさえた演技もとても魅力的です。ディーンさんは、大企業の社員、一筋縄ではいかない世界を、巧妙に自らの立場を保持しながら、正義のためにも立ち上がる、という難しい、ある意味人間らしい役を繊細に演じていただきました。沢田のどこへ行くのかわからない行動が、物語のいいフックになっていると思います。
井崎が唯一会社で私的な言葉を吐くのが「人、1人が死んだ」という台詞です。そこの高橋さんは特に素晴らしかった。高橋さんは自分の演技を見てくれというような過剰な芝居をしないのに、存在感のある、好きなタイプの役者さんです。
――最後に本作を手掛けた脚本家として、作品の見どころを教えてください。
池井戸さんの原作。長瀬さんの主演。サザンオールスターズの主題歌。本木監督の演出。どんなきっかけでもいいから、劇場に足を運んで観てもらいたいです。1人でも多くのみなさまに観てもらうことを願っています。
■林民夫
1966年、神奈川県出身。『ルート225』(06)で劇場用映画を初執筆。以後『フィッシュストーリー』(09)、ゴールデンスランバー』(10)、『白ゆき姫殺人事件』(14)、『予告犯』(15)などで、中村監督作品を執筆。その他の作品に『藁の楯 わらのたて』(13/三池崇史監督)、『永遠の0』(13)、『チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~』(17)、『ラストレシピ~麒麟の舌の記憶~』(17)、舞台TEAM NACS本公演「PARAMUSHIR~信じ続けた士魂の旗を掲げて」(18)など。
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