CA(客室乗務員)に対し、「華やかな女の園」というイメージを抱いている人は多いだろう。実際、国内のみならず世界的にも客室乗務員の多くは女性だ。そんな中で、あえて男性CAを主人公にした漫画『空男ソラダン』(モーニングKC)があることをご存じだろうか。なぜ今、彼を主人公にして漫画を描いたのか、その著者・糸川一成さんが作品に込めた想いをうかがった。

  • 糸川一成さんはこの漫画『空男ソラダン』が事実上のデビュー作となる

    糸川一成さんはこの漫画『空男ソラダン』が事実上のデビュー作となる

「あんたが持っているCA像は古すぎる」

松永: 「青年漫画誌『モーニング』で連載中の『空男ソラダン』ですが、6月22日には単行本第3巻が発売となります。CAというと華やかなイメージを持っている人も多いと思うんですが、本作では厳しい家庭環境の中で生きがいを持てずにいた高校男子・空賀カケルが、空と出会い、憧れ、悩みながら成長していくという、ある意味、華やかさとは違った世界が広がっているよう感じました。作中にも触れられていますが、日本の航空会社における客室乗務員の男女比は男性1%、女性99%です。その中で、なぜ男性CAを主人公にされたのでしょうか」

糸川さん: 「元々、母がCAだったので、CAの話を描いてみたいという想いはありました。でも、単純にCAの話であれば、今までにもドラマや漫画等というエンターテイメントにおいて前例があります。だけど、男性CAを扱ったものはほとんどないようだったので、新しく描いても何かと被ることはないかな、目新しいかな、と思ったということもありましたね。

あと、モーニングが30~40代がメイン読者の青年漫画雑誌なので、男性の主人公にしてもいいかなって。そしたらちょうど、『職業ものの連載コンペがあるからどう? 』という提案を担当編集者から受け、『ちょうど今、こんなのを考えているんですが……』というところから『空男ソラダン』が始まりました」

松永: 「国内の航空会社は特に、CAの採用条件として、短大・大学卒を条件にしているところが多いように思われます。主人公は高卒でCAを目指しましたが、高卒にした理由は何かありますか」

糸川さん: 「母から『今はそんな時代じゃない。あんたが持っているCA像は古すぎる』って言われたのがひとつの理由ですね。母は少し前にCAを定年退職しているんですが、私はそんな母や母の周りの人たちから昔のCAさんの高い水準のお給料や待遇の話を聞いていたので、『まだCAという職はバブルなんだ』と勝手に思い込んでいたんです。ですが、母世代におけるCAの給料や待遇は、今働いている若いCAさんと随分開きがあることを知り、今の時代に照らして、ギリギリあってもおかしくないかなという経歴にしました」

  • カケルは当初、空の仕事=パイロットを思い描いていたが……(第1便「ビューティフルスカイ」より) (c)糸川一成/講談社

    カケルは当初、空の仕事=パイロットを思い描いていたが……(第1便「ビューティフルスカイ」より) (c)糸川一成/講談社

糸川さん: 「だからと言って、私が感じた『CAの世界が昔ほど華やかなものではない』という印象を描くつもりはなかったです。そういう、個人の感じた印象で描くとリアリティがなくなるので。高卒で他にやりたい仕事がないけど、どうしてもというものが見つかった話にし、そういったネガティブな表現を避けました。とことん、空で働く男だけを描こうと。"少年の頑張れ物語"(笑)。

昔、モーニングでやっていた、安野モヨコ先生の『働きマン』がすごく好きなんですけど、仕事を若い人が始めるにあたって、『働くって楽しそうだな』って思ってもらえるようなことを描きたかったんです。ある意味、男性版『働きマン』というイメージですかね。舞台が航空会社だったのは、私が取材をしやすかったという個人的な理由です(笑)」

松永: 「主人公のカケルは、高卒入社を受け入れていた羽田~大島・八丈島などの離島路線を展開している航空会社に就職します。大手ではなく小さな航空会社にしたのには、何か狙いがあったのでしょうか」

糸川さん: 「あまり大きいところに入らせると、部署の中のひとつの歯車にしか描けないので、小さい会社にした方がいいのかなって思ったんです。ローカルな航空会社だと乗客にとってCAは顔なじみで、『今日は○○さんだ』と乗った瞬間になるので、人と人とのふれあいが描きやすいかなっと。大手になると乗客とはほぼ一期一会の世界になるし、CAも所属人数が多すぎて、毎日お互いが初めまして状態なので。

実は、初めは今よりもっとローカルの航空会社という設定だったんです。羽田空港のすみっこに派出所みたいな第三ターミナルがあって、その小さなターミナルに追いやられている不憫な航空会社……って設定にしようかなと思っていたんですが、さすがにあまりにも非現実すぎるということで、その設定はなくなりました(笑)」

  • 地方路線だから展開できるストーリーがある(第8便「花に嵐」より) (c)糸川一成/講談社

    地方路線だから展開できるストーリーがある(第8便「花に嵐」より) (c)糸川一成/講談社

業界の人も経験しなさそうなギリギリのところを

松永: 「糸川さんのお母さんは元CA、お父さんは元整備士とのことですが、糸川さんご自身は航空業界に対して憧れはありましたか」

糸川さん: 「意外と言われますが、特には。父は単身赴任でいないことも多かったし、母は早朝に家を出て深夜に帰ってくるということもあった。なので、家にふたりともいなくて、ベビーシッターさんやおばあちゃんが来てくれたり、母の友だちのCAさんが面倒を見てくれることもあって、『すごく忙しい仕事なんだな』と子どもながらに思っていたからかもしれません。もちろん、長年そうした大変な仕事を誇りをもって続けている母たちを尊敬してはいました。

あ、さっきの話につながりますが、母が現役だった頃のCAとは違い、今でこそ新卒採用時から正社員登用をするところが増えてきたものの、私の新卒時の就活では、契約社員からじゃないとスタートできないところが多かった。ちょうど、CAになるメリットがちょっとよく分からなかった時期なんですよね。今は改善されつつあるので、今なら考えていたかもしれません。英語できないけど(笑)」

松永: 「糸川さんが航空をテーマにして漫画を描いていることに、ご両親は何か意見されるということはありませんでしたか」

糸川さん: 「特に意見は……あ、あるなぁ。父がちょっと厳しくて、『飛行機のプロペラの角度が少しだけ違う』とか『このつなぎ目はここまで目立たない』って言ってて、小姑みたいでした(笑)。整備士あるあるなんでしょうね。

母と父の友だちの航空関係の方々からは、『こういうこと、ある! こういうお客さん、いる!』とコメントをいただくことも多いです。でも、ありがたいなと思う反面、それが良いのか悪いのか……ちょっと悩ましいんですよね。例えば、2巻で描いた遺骨を持って搭乗された人の話は前例がないわけではないです。この漫画は実録エッセイではないので、あるあるネタを描くだけでエンターテイメントとして成立するのか? って。あることをあるがままに描くことにフィクションである意義はあるのかなって。だから途中からは、業界のみなさんでも経験していなさそうな、ギリギリの場面を意図して作って描いています」

  • 遺骨を持って搭乗した人への対応にマニュアル化されたものはない(第11便「大空のお約束」より) (c)糸川一成/講談社

    遺骨を持って搭乗した人への対応にマニュアル化されたものはない(第11便「大空のお約束」より) (c)糸川一成/講談社

糸川さん: 「あ、でも、カバー裏の表紙に書いている『今昔CA物語』は、フィクションぽいですが、70代の元男性CAふたりにお酒を飲みながら聞いた話を書いているので、本当にあった出来事なんですよ。いつも担当編集から、『これ、本当にあった話なんですか? 作り話じゃないですか?』と毎回チェックが入るぐらい今と違う。もちろん、ちょっと盛って話されてる可能性もなきにしもあらずですが(笑)、50年ぐらい前はそれぐらいはっちゃけていたんだよ、ってことで」

松永: 「作品中に登場する話の中で、糸川さんご自身が実際に体験されたことはありますでしょうか」