日本マイクロソフトは2018年6月20日、都内で「教育分野への取り組み」に関する記者説明会を開催した。会場となった「アーツ千代田3331」は、旧練成中学校を利用して誕生したアートセンター。壁には当時の黒板そそのままに、床は当時の中学生が走り回ったであろう傷が残っていた。

「少子化に伴い生徒が激減して廃校となったが、13年の歳月を経て地域に根ざしたコミュニティスペースとなった。今後の日本を彷彿させる」(日本マイクロソフト 執行役員 常務 パブリックセクター事業本部長 佐藤知成氏)との理由から、今回の会場に選ばれた。

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    日本マイクロソフト 執行役員 常務 パブリックセクター事業本部長 佐藤知成氏

日本マイクロソフトは以前、政府・自治体、教育、医療・製薬を範囲としたパブリックセクター事業責任者として2018年1月に就任した佐藤氏を交えた説明会を開催したが、そのときに「人の一生に寄り添う日本マイクロソフト」というキーワードを掲げた。

人の誕生から学生、成年を経て老年に至るまで、ITと関わらない場面は存在しない。そのため各分野に関与するMicrosoftの方針として、先のキーワードが登場したのだろう。今回の教育施策は、人生の一部である小中学校・大学高等教育機関を対象としている。

学生とITという文脈では、プログラミング教育がホットな話題。本誌でも別記事『micro:bitで小学生に理論的思考を - WDLCがプログラミング教育を大々的に支援』にて、WDLC(ウィンドウズ デジタルライフスタイル コンソーシアム)を紹介している。

日本マイクロソフトは今回新たに、特定のPCを指定の量販店で購入したユーザーを対象として、micro:bitを1万個プレゼントするキャンペーンと、3年ぶりに小学生を対象にしたプレゼンテーションコンテストを実施することを明らかにした。「プログラミング学習を家庭でも支援するため」(佐藤氏)と開催理由を語る。3年前の同コンテストの様子は、『「学校・地元・家族自慢プレゼンコンテスト」決勝 - PowerPointを使いこなして世界で通用するプレゼンを披露した小学生たち』をご一読いただきたい。

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    家庭におけるプログラミング教育支援として、プレゼントキャンペーンや3年ぶりのプレゼンコンテストを実施

改めて、プログラミング教育の重要性は高い。1960年代の高度成長期は、大量生産で国際的競争力を高める施策が中心だったこともあり、義務教育の現場も、同一の教材で画一的な教育を実施していた。だが、1995年にはWindows 95のリリースと個人向けISP(インターネット・サービス・プロバイダ)の隆盛によって、インターネットという情報の集合体に対する門戸が開いた。

そして2007年、iPhone登場に伴うデジタルデバイスの拡大は、一部のファン層が使うツールだったインターネットを大衆化させた。このような技術革新は、教育の現場にも大きな影響をおよぼし、「学校でしか学べなかった情報をインターネット経由で取得するなど、学びの場が大きく広がった」(日本マイクロソフト パブリックセクター事業本部 文教営業統括本部長 中井陽子氏)。

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    日本マイクロソフト パブリックセクター事業本部 文教営業統括本部長 中井陽子氏

政府も、IT技術で社会の課題を解決可能とする環境を目指す「Society 5.0」を2016年に提唱し、「サイエンスとテクノロジーが融合する世界が始まっている。一説では7年~10年後には、今まで見たことのない職業が登場するという。(未来を担う子どもたちは)新技術を身に付け、社会で活躍しなければならない」(中井氏)。だからこそ、プログラミング教育を始めとする「教育現場のICT化」は喫緊の課題なのだ。

話は脱線するが、筆者は「行政でもっとも重要なのは教育」と常々考えている。次世代を作り出す人材育成が社会を構成する人員となるからこそ、日本の発展と教育分野の注力は同義と考えてきた。日本マイクロソフトも類似の意見を持ち、下図に示したスライドを発表会で提示している。もちろん同社は営利企業であり、Microsoft 365など自社製品・サービスによる利益を重視しているが、それでも近年はSRI(社会的責任投資)に強くコミットしてきた。その言葉に嘘はないだろう。

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    日本マイクロソフトが示した教育分野への活動表明

国内における日本マイクロソフトの施策は、グローバルプログラム「Future-ready skills」の普及である。詳細は割愛するが、下図に示した6単語の頭文字から6Cと称し、国内では文部科学省の新学習指導要領に沿った評価指標で教育の現場を変えていきたいという。日本マイクロソフトはこの評価指標を「子どもたちへの贈り物」(中井氏)とし、教育分野への注力する骨子として扱っていくとした。

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    「Future-ready skills」の概要

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    Future-ready skillsを文科省の新学習指導要領に沿って評価指標化した内容

教育現場へのPC導入は珍しくないが、文部科学省の調査によると、導入PCの95%がWindows OSを採用している。日本マイクロソフトの調査では、Microsoft Office利用率は90%、Microsoft 365 Education契約校数は112校におよぶ。

今回の会場には多くの文教向けPCを並べ、「今年は教育向けPCラインナップが過去最高の数。かつてはタブレットやスマートフォンが選択肢になっていたが、生徒自身の考えを他者に伝える上でも、キーボードを重視する教師が増えている。低価格帯でもペンなど入力環境はリッチ化し、素晴らしい状況だ」(中井氏)とアピールした。

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    教員向けハイスペックモデルに位置するNECパーソナルコンピュータの「VersaProタイプVS

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    生徒向けエントリーモデルとなる東芝クライアントソリューションの「dynabook tab S80」

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    こちらは教員向けとなる富士通の「Arrows Tab Q738/SE」

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    生徒向けとなるレノボの「Lenovo 300e」

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    富士通の「LH55(35)」はPCの片付けをサポートする「お道具箱」 付き。PCへの衝撃ダメージを避けるための強化素材を用いている

ほかにも、MIE(Microsoft Innovative Educator)プログラムなど多数の取り組みを紹介していたが、筆者が強く興味を持ったのは、日本マイクロソフトのパートナー企業が開発中の「教職員の勤務時間管理ソリューション(仮)」である。

部活指導や進路相談、担任業務など、教師という職業に対する働き方改革の機運は高まりつつあるが、日本マイクロソフトの調査によれば、改善予定の自治体は72.5%。残りの27.5%となる107自治体は予定がないという。

このような背景を改善できそうなのが、「教職員の勤務時間管理ソリューション(仮)」だ。教師は自身の属性データ(部活顧問や担任の有無)を持つExcelファイルに出退勤時間を入力し、Microsoft Azureにアップロードすると、蓄積したデータをもとにPower BIで可視化するというもの。

学校であれば平均残業時間の差異を可視化し、教師が多忙であれば支援体制を組むといった、早期の見直しが可能となる。教育委員会なら、管轄する学校の平均値などをリアルタイムに把握できるため、「視覚的かつ定量的に示すことで(業務内容を)見直せる」(日本マイクロソフト パブリックセクター事業本部 文教営業統括本部 アカウントエグゼクティブ 佐藤正浩氏)。

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    日本マイクロソフト パブリックセクター事業本部 文教営業統括本部 アカウントエグゼクティブ 佐藤正浩氏

  • 日本マイクロソフト「教育分野への取り組み」記者説明会から

    可視化ソリューションのデモンストレーション。属性ごとに情報を見ることで、素早い対応が可能になると説明する

本ソリューションは開発中のため、具体的な導入や運用にかかる費用は示されなかったが、教師の長時間労働が深刻化する現状に一石を投じるはずだ。日本マイクロソフトは今後、教育分野での注力領域として「学校教育」「大学」「研究機関」「図書館・美術館・博物館」の4領域を示している。

学生に限らず、社会人にも学びは必要だ。ITの力で学びの場に変革を投じる日本マイクロソフトの取り組みは、未来を作る若者だけではなく、社会人も恩恵を受けられるだろう。

阿久津良和(Cactus)