6大会連続6度目のワールドカップに臨んでいるサッカー日本代表が日本時間の19日21時、ロシア中部サランスクのモルドヴィア・アリーナでコロンビア代表とのグループリーグ初戦を迎える。前回ブラジル大会で1‐4の惨敗を喫した南米の強豪から勝ち点を奪うためには、失点を極力減らさなければならない。自身3度目のワールドカップに挑む31歳のベテラン、左サイドバックの長友佑都(ガラタサライ)は、対面に来る世界最強のサイドアタッカー、MFフアン・クアドラード(ユベントス)との直接対決を制し、日本を勝利に導こうと真っ赤な闘志を燃やしている。
クアドラードを封じることが日本の勝利につながる
原点に戻る時が来た。それは、サッカーにおける鉄則でもある「1対1の攻防を制すること」――。3度目のワールドカップでもあるロシア大会の初戦を前にして、DF長友佑都が燃えている。
「初戦をどう戦えるか、というところで決まると思っています。ワールドカップという舞台は本当に簡単ではないけど、僕もたくさん経験させてもらったので、今はすごく冷静というか、落ち着いている部分がある。だからこそ、どんな状況でもブレない軸が自分の中にできたと思う」
ロシア中央部のサランスクはモルドヴィア・アリーナで、19日に対峙するのはコロンビア代表。前回ブラジル大会のグループリーグ最終戦で顔を合わせ、1‐4の惨敗を喫した南米の強豪だ。
試合終了の瞬間に、わずかに残されていた決勝トーナメント進出への可能性が断たれた。同点で折り返した後半に立て続けに3ゴールを奪われ、思考回路の中に「地獄」の二文字が駆け巡っていった状況を長友は今も忘れていない。
「ブラジルの時は完全に力んでいました。先ばかりを見てものすごく高くジャンプしようとしていたけど、物事はそんなに簡単にはいかない。自信が過信に変わり、そこを相手に突かれた。足元をしっかり固めないと、上手くいかなくなった時に崩れるのも早いので」
復活を果たした点取り屋ラダメル・ファルカオ(モナコ)と、前回大会得点王ハメス・ロドリゲス(バイエルン・ミュンヘン)。2人が注目されるコロンビアだが、脅威は右サイドにも存在する。
世界最強のサイドアタッカーと畏怖されるフアン・クアドラード(ユベントス)は高速ドリブルと、相手の状況が整っていない状況でどんどん繰り出してくる、正確なアーリークロスを武器とする。
それがファルカオやロドリゲスに収まった時にコロンビアにはチャンスが、日本にはピンチが訪れる。自身の仕事が勝敗に直結する。だからこそ、左サイドバックとしてクアドラードとの直接対決が増える長友は燃えている。
「クアドラードとはセリエAでも何回も対戦している。あの選手の怖さというのは、僕が誰よりもよくわかっていると思うし、地獄ですけど、でも楽しみですね」
「成り上がり」人生の原点となった1対1の強さ
タッチライン際を何度でも、パワフルに上下動する姿が目に焼きついて久しい長友だが、無名の少年時代から駆けあがってきた原点、そしてプロになるきっかけも「1対1」にある。
「自分からどんどん攻め上がって、いい形でボールをもらって、1対1で勝負して。それを何度も繰り返しているうちに、本当に面白く感じてきた。自分にすごく合っている、と」
東福岡高校(福岡)から進んだ明治大学で1年がたった頃、それまでのボランチからサイドバックへの転向を告げられた。当初は嫌悪感を抱いていたポジションに、いつしか運命を感じた。
迎えた2007年3月。3年生への進級を控えていた時に、FC東京との練習試合が組まれた。右サイドバックで先発した長友の眼前には、縦へのスピードを武器とするリチェーリがいた。
「喧嘩しながら、それこそガンガンにやり合った。そういう部分では、絶対に負けたくないので」
ブラジル人FWとの1対1の攻防で見せた長友の無類の強さに、FC東京を率いていた原博実監督(現Jリーグ副理事長)が唸った。「いったい誰なんだ、アイツは」と。
このひと言が明治大学体育会サッカー部に所属しながらJリーグの公式戦に出場できるJFA・Jリーグ特別指定選手に、そして2007年末に届いたFC東京からの正式オファーへとつながる。
副キャプテンへの就任が決まっていた、4年生への進級を前にして訪れたターニングポイント。悩み抜いた長友は、体育会サッカー部側が理解を示してくれたこともあり、プロの道を踏み出していく。
2008年5月のA代表デビュー。同年8月の北京五輪出場。南アフリカ大会での大活躍。セリエAへの移籍と名門インテル・ミラノ入り。「成り上がり」と自負するサッカー人生の原点が「1対1」にある。
だからこそ、ロシアの地で求められる最大の仕事のひとつとして、クアドラードとの「1対1」があることに心を震わせる。決して偶然ではない、9月には32歳になる年齢も関係ない、と。
「皆さんはベテランと言いますけど、僕は自分を若いと思っています。精神面を含めてキャリアの中で一番コンディションがいいと言えるくらい、年齢のことはまったく感じていないので」
ピッチの内外で覚える充実感をロシアの地へ
クアドラードだけではない。ロシア大会のグループHで対峙するセネガル、ポーランド両代表も、偶然にもタッチライン際で脅威を放つ選手を擁している。
セネガルのエースにして現時点で世界最速のスピードを持つと畏怖されるサディオ・マネ(リバプール)は、アフリカ予選と同じ右ウイングに配置されれば長友の対面に来る、
ポーランドのMFヤクブ・ブワシュチコフスキ、DFウカシュ・ピシュチェクはボルシア・ドルトムントでも長く右サイドで縦関係を構築。あうんのコンビネーションで攻めてくる。
「左サイド、もう地獄でしょう。クアドラードがいて、マネがいて」
思わず苦笑いを浮かべた長友が、臆しているわけではない。まもなく訪れる状況を思い描くだけで、かつてリチェーリと繰り広げた闘争心が時空を超えて蘇ってくる。
「まあ地獄とは言いましたけど、実はすごくワクワクしていているんですよ。相手が強くなればなるほど僕は燃えてくるので」
充実したシーズンが、精かんな表情につながっている。7年間在籍し、最古参選手になって久しかったインテル・ミラノから、今年1月末にガラタサライ(トルコ)へ期限付き移籍した。
後に自身のツイッターで「正解ではなく、大正解でした」と呟いたほど、新天地へ瞬く間に順応した長友は左サイドバックとして躍動。プロサッカー選手になって初めてリーグ戦優勝を経験した。
ガラタサライでのデビュー戦から一夜明けた翌2月5日には、昨年1月に結婚した女優の平愛梨との間に、待望の第一子となる長男も誕生した。出産に立ち会った長友は、さらに心を震わせた。
「家族が増えたことで責任も感じています。カッコいい親父でありたいし、下手なところは見せられない、という気持ちでずっとやっています」
出場国数が「32」となった1998年のフランス大会以降、決勝トーナメント進出を果たした延べ80チームのうち、実に「51」が初戦で勝利している。
対照的に黒星発進から、グループリーグを突破したチームは「7」しかない。データも「天国」と「地獄」の境界線を明確に示す中で、日本を前者に導くべく、長友は真っ赤なエネルギーを充電していく。
藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。