6月4日(月)に都内で「複業時代の展望と課題 - 副業解禁、多様な働き方が進む」セミナーが開催された。セミナーでは、東京大学大学院の経済学研究科・経済学部 柳川範之教授(以下、柳川教授)が登壇し、今起こっている社会環境の変化に合わせた複業キャリアの作り方と、その理由を説明した。
本稿では、同教授とアデコ Marketing&Innovation本部 岩嶋宏幸氏(以下、岩嶋氏)の講演をレポートする。
複業が当たり前の時代
柳川教授が今回のセミナーで伝えたのは、誰でも兼業・複業をする時代が到来するということだ。その理由として、以下の二つを挙げている。
・クラウドサービスの技術などにより、時間と場所に囚われない働き方が可能
・一つの会社に所属し続けることがリスクとなる時代
昔は職場という空間で書類を全員で見ながら、議論をするのが仕事の一つだった。しかし、現在はそうした制約された働き方は少なくなっている。例えば、育児をしながら自宅で仕事をしたり、海外のビーチでも仕事をしたりできると柳川教授はいう。
また、以前は一つの会社に所属し続け、自身のキャリアを委ねることで「その業務の専門家として能力開発が出来る」考え方があった。しかし、いまでは、技術革新が所属する会社や、または業界自体を消滅させるリスクがあるだろうとも話す。
こうした理由を踏まえ、多様な働き方が出来るため必要なスキルとは何なのか? どのように能力を開発すればよいのだろうか? という話につながってくる。
複業は高度なスキルがなくてもできる
話を少し戻すが、柳川教授が兼業・複業の話をしたとき、相手によって頭に思い浮かべるイメージが異なるという。
「世界中を飛び回り、複数の企業に所属する高度なスキルをもつグローバルな人材は世界で増えていますよね。それと別軸で、例えば震災地の復興などボランティアの仕事をしているが、それだけでは生活できないので別の仕事もする。こうした働き方は高度である必要はないし、ローカルな話です」
このように複業とはバリエーションが豊富で、多様な可能性があり、特殊な人材だけの話ではないと説明する。
そのうえで、柳川教授が説く最初のステップは、自分のキャリアや将来を自分で考え、今の会社にいない自分を具体的に想像することだ。こうしてマインドを変えた後、次に必要なのが自分の能力を客観的に把握することだという。
特に日本のホワイトカラーは、自社内でのみ通用する知識で長年仕事しており、他の会社に移った際に、そのままの知識では役に立たない。しかし、その知識を社外でも通用するように一般化することで、会社が変わっても役立たせることができるという。そのうえで、さらなる能力開発の必要性があるそうだ。
一般的に、能力開発というと社会経験が少ない若者が行うものと思われがちだが、中高年も継続的に行う必要がある。だが、その場合は20、30代のように未経験からプログラミング技術を学ぶということではなく、今ある能力を積極的に活かせるトレーニングをするのが良いと解説した。
転職活動を成功させるには?
ここから話が変わり、転職というキーワードが登場する。
「ある会社から別の会社に転職する場合、成功するかどうかの判断は難しい。ただ、成功させるには、ある程度の経験とトライアル、慣れが必要でしょう。少なくとも、日本ではこうしたプロセスを経ないと転職は厳しいでしょう」
社員の流動性が高く、転職がごくごく一般的な社会と異なるので、兼業・複業という行為がトレーニング機会として機能するのではないか? と柳川教授は提案する。
「兼業・複業は単なるアルバイト、片手間の仕事ではなく、本業をシフトチェンジさせる(転職)ための架け橋として活用するのがよいと提案しています。逆にいうと、架け橋がない転職は日本では中々うまく行かないと思います」
つまり、労働移動を促すプロセスとして、兼業・複業が有効だろうと結論づけた。
人的ネットワークが重要になる
最後に、柳川教授は企業と個人の関係性の変化を説明した。昔の企業は大きなコミュニティであり、江戸時代の「藩」のような存在だった。しかし、最近はプロジェクトのような存在に変わりつつある。こうした企業の概念の変化が、企業と個人の関係性にも影響を与えて変わっていくのがこれからの世界だという。
企業の変化に伴い、企業が果たしていたコミュニティや社員アイデンティティの帰属先としての機能が弱まることになる。では、これに代わるものが何になるか? それが人的ネットワークだと説明する。
「今後は、組織に縛られない人的ネットワーク形成や、人的ネットワークを通じた連携がより重要になってきます」と柳川教授は講演を締めくくった。
日本企業は副業・複業を認めない?
続いて登壇したアデコ Marketing&Innovation本部の岩嶋氏は、インターネットによる調査データをもとに解説を行った。
調査は企業・団体の一般職、管理職を対象に実施され、副業・複業に対して関心の有無、副業・複業への準備、所属組織が認めているかなど複数に渡っている。
結論からいうと、調査結果では、多くの日本の企業が副業・複業をまだ認められていないことがわかる。副業・複業を認めない理由として大きなものは、「長時間労働に対する懸念」といった従業員の労働時間に関係することと、「情報漏えいの懸念」のような経営リスクに関することの2点だ。
また、副業・複業への興味・関心を調査したデータを見ると、一般社員の約8割が、副業・複業をしたことがないものの、そのうちの半数以上は、今後、副業・複業をしてみたいと答えている。
その理由としては、収入のアップを挙げた回答者が全体の8割以上におよんでいる。
しかし、これから到来すると考えられている副業・複業時代に向けて、約6割が「特に何もしていない」と回答している。
調査対象・時期
<管理職の調査>
調査対象: 全国の上場企業に勤務する管理職(課長職・部長職)
サンプル: 510 名
年代: 30 代・男女(合計170 名)、40 代・男女(合計170 名)、50 代・男女(合計170 名)
<一般社員の調査>
調査対象: 全国の企業もしくは団体に正社員として勤務する一般社員
サンプル: 500 名
年代・性別: 20 代・男女(各125 名)、30 代・男女(各125 名)
調査方法(共に):インターネット調査
実施時期(共に): 2018 年5 月17 日~20 日
柳川教授が提唱する、兼業・複業は労働移動を促すプロセスになるという考えに筆者も賛成する。それは、働く側が複数の視点を持てることが可能になるからだ。
企業などある集団に長年所属すると、その組織特有の企業文化に適合することが多い。もし別の集団に移籍する場合、新天地で適合するため、以前の組織で培った行動規範を変える必要がある。
その変化を受け入れる訓練機会として、兼業・複業が機能するのだろう。こうした機会を提供するためにも、副業・複業に関して、受け入れ側の企業も社員側も、更なる意識変化が必要だろう。