実は30年以上もの歴史がある技術

ところで、こうした翼とジェット・エンジンをもった再使用ロケットというアイディアは、昨日今日に生まれたものではない。じつはロシアにとっては、ソ連時代から研究していた、長い歴史のある技術でもある。

1980年代、ソ連版スペース・シャトルの「ブラーン」(Buran)を打ち上げるため、「エネールギヤ」(Energiya)という超大型ロケットが開発された。そしてその派生型として「ウラガーン」(Uragan)と呼ばれる再使用ロケットの開発も検討されていた。

ウラガーンは、ブラーンのような大きな翼をもった無人のコア機体に、今回発表された再使用ロケットと同じ、展開式の翼とジェット・エンジンを備えたブースターをもつロケットだった。

ただしウラガーンのブースターは大きく、「ゼニート」(Zenit)ロケットの第1段とほぼ同じ、中型~大型ロケットほどの大きさがあった。また翼の展開方法も異なり、2枚の翼を左右に開いて展開する方法が考えられていた。ふたたび飛行機に詳しい方向けにたとえるなら、F-14やF-111などと似た、ただし逆方向に開くような翼、といえばわかりやすいだろうか。

もっとも、エネールギヤもブラーンも試験飛行のみで実用化には至らず、ウラガーンもまた実用化されることはなかった。

  • ウラガーンのブースターの想像図

    ウラガーンのブースターの想像図。今回発表されたロケットより大きいものの、基本的には同じコンセプトである (C) NPO Molniya

それでも、このコンセプトが途絶えることはなかった。1992年に、ロシアは新型ロケット「アンガラー」の開発に着手。アンガラーは機体からエンジンまですべてロシア製で、ウクライナ製の部品を使う「ソユーズ」や「プロトン」ロケットを置き換えることを目的としていた。そしてこのアンガラーでも、翼とジェット・エンジンを使って機体を再使用する、「バイカール」(Baikal)という計画があった。

バイカールは、アンガラーの機体に翼とターボ・ジェット・エンジンを装着した、機体の規模も、翼の展開方法も、今回発表された再使用ロケットとほとんど同じコンセプトだった。

バイカールは、アンガラーと並行し、その補助ブースターとして開発が進められたほか、バイカールを第1段とする小型ロケットも検討されていた。2001年7月にはパリ航空ショーにモックアップが展示され、その存在は世界中が知るところとなった。

しかし、結局現在まで実用化には至らず、計画は凍結されたものと見られていた。そもそも、バイカールを積まない形態のアンガラーですら開発が難航し、2014年になってようやく1号機が打ち上がるも、現在まで実用化までには至っていないことから、致し方ないことかもしれない。

ただ、今回の発表では、FPIは「バイカールの技術が活かされている」とコメントしており、まったくの無駄ではなかったばかりか、むしろさらに進化した形で、現代によみがえることになったのである。

  • バイカールの想像図

    バイカールの想像図。ウラガーンのコンセプトを受け継ぎつつ、より小型の機体で、今回発表されたロケットと瓜二つである (C) Khrunichev

いかに強みを活かし、そして大型ロケットに発展できるか

ファルコン9がすでにロケットの再使用化に成功し、他社や他国もそれに続こうとしている現状では、ロシアも再使用に挑むべきなのは火を見るよりも明らかである。

そして、小型ロケットの実用化に成功すれば、次は大型ロケットへの発展も見えてくる。

ロシアはかつて、その安価さと高い信頼性を武器に、世界の衛星打ち上げ市場で高いシェアを占めていたものの、近年では失敗が続いて信頼を失い、さらにファルコン9のような、より安価で信頼性の高いロケットが登場したことで、いまでは見る影もない。

だが、この技術を大型ロケットにも組み込み、そして「エンジンの寿命を伸ばせる」、「着陸をやり直せる」といった強みを最大限に活かすことができれば、ファルコン9など、すでに再使用を実用化している大型ロケットに引けを取らない存在になれるかもしれない。

そのために、バイカールをはじめ、過去からの技術や知見の積み重ねのある、このロシア独自の再使用ロケット技術を育てることは、ファルコン9のような垂直離着陸方式のロケットを一から開発するのに比べると、スケジュールや実現の確実性といった点から、理にかなってはいる。

しかし、現代のロシアにとっては、まずは小型再使用ロケットを完成させ、運用できる状態にもっていくことも難しいだろう。

どのロケットにもいえることだが、新しいロケットの開発には困難と遅れがつきものである。しかし、とくにロシアの宇宙技術が近年、大きく低下していることもあって、予定どおりの2022年はおろか、そもそも完成するかどうかもまだわからないと見るべきだろう。その先の大型ロケットへの発展は、いまはまだ見果てぬ夢かもしれない。

ロシアはふたたび、再使用ロケットの開発に向けて舵を切った。この技術の行き着く先に、ロシアのロケットの復権と、そして"ファルコン9キラー"となって逆襲が果たせる未来が待っている可能性はある。しかし、そこへたどり着くまでの道のりは、長く険しい。

参考

http://fpi.gov.ru/press/news/opredelen_oblik_perspektivnoy_mnogorazovoy_raketno_kosmicheskoy_sistemi
Baikal
https://web.archive.org/web/20130621154955/http://www.khrunichev.ru/main.php?id=45
http://www.buran.ru/htm/strbaik.htm
Buran-T

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

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