かつて、スペースシャトルの失敗――当初計画されていたほどにはコストが安くならなかったことから、一時は廃れたロケットの再使用化。しかし近年、スペースXが新たな再使用ロケットを生み出し、それが実際に低コスト化につながることがわかるやいなや、米国の他の企業をはじめ、欧州や日本、中国でも、ふたたび再使用ロケットの研究・開発が始まった。
そして、ロシアもその波に乗ることになった。ロシアの軍事技術の研究機関である「FPI(Russian Foundation for Advanced Research Projects)」は2018年6月4日、国営宇宙企業ロスコスモスなどと共同で進めていた、小型の再使用ロケットの予備設計が完了したと発表。2022年の初打ち上げを目指し、開発を進めるという。
このロシアの再使用ロケットは、スペースXなど他のロケットとは異なる仕組みを採用し、さらにそのルーツは1980年代にまでさかのぼる、長い歴史のある技術でもある。
FPIの小型再使用ロケット
FPIは2012年に創設された、ロシア政府直轄の研究機関で、軍事に関する最先端技術の研究・開発を目的としている。米国国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)と似た組織であることから、「ロシア版DARPA」とも呼ばれる。
今回発表された小型再使用ロケット(名前はまだない)は、このFPIと、ロシアの国営宇宙企業ロスコスモス(旧・ロシア連邦宇宙庁)、そしてロシア国営の航空機メーカー・統一航空機製造会社との共同で研究が行われている。
打ち上げ能力は太陽同期軌道に600kgで、移動式発射台から打ち上げることが計画されている。
ロケットの推進剤には液体酸素と液体メタンを使う。この組み合わせは性能が比較的高くでき、ススが出ないため再使用にも向いている。発表によると、ロケット・エンジンの交換なしで、50回の再使用が可能だという。
ロケットは打ち上げ後、高度59~66kmあたりまで上昇したところで、第1段と第2段を分離する。第2段はそのまま衛星を軌道まで運ぶ一方、第1段機体は機体に仕込まれている翼を展開する。この翼は、打ち上げ時には胴体に沿った位置に固定されており、翼の真ん中を中心に90度回転させることで展開する。飛行機に詳しい方向けにたとえるなら、NASAの実験機「AD-1」の翼のようなもの、といえばわかりやすいだろうか。
さらに、ロケット・エンジンとは別に装備したターボ・ジェット・エンジンによって、まるで飛行機のように――というより、正真正銘、飛行機として飛行し、滑走路に着陸する。詳しい仕様は不明だが、おそらく第1段の先端部分にインテークとエンジンがあり、機首の上面から燃焼ガスを噴射するようになっていると考えられる。なお、ジェット・エンジンの形式などは不明だが、既存のものを改修して使うという。
ロケットの打ち上げコストは明言されていないが、従来の使い捨て型ロケットと比べた場合、3分の2から半分程度に抑えられるとしている。
計画が公表された6月4日の時点では、機体の予備設計が完了し、試験機の開発に向けた準備が整った段階だという。初打ち上げは2022年を目指すとしている。
FPIが主導していることからしても、このロケットは軍事衛星の打ち上げを目指したものであることは間違いないだろう。再使用は打ち上げコストの低減につながるばかりか、打ち上げ頻度を高めることにも役立つ。また、打ち上げ能力や移動式発射台から打ち上げられるといった点からも、たとえば有事の際に、小型の偵察衛星を即座に任意の軌道に打ち上げる、というような運用を考えているのかもしれない。
他の再使用方法との長所・短所は?
こうした翼とジェット・エンジンで空を飛んで帰ってくるという再使用の方法は、他のロケットには見られない、ロシア独自のものである。
たとえばスペースXの「ファルコン9」ロケットの第1段は、ロケットを立てた状態で、後部のエンジンを噴射しながら垂直に降りてくる。欧州や日本、中国などが現在研究中の再使用ロケットも、基本的には同じ方法を考えている。
これらと比べた場合、今回発表されたロシアのロケットの方法は一長一短がある。
たとえばロケット・エンジンを使って着陸する場合、エンジンを動かすために燃料と酸化剤の両方を残しておく必要がある。しかしジェット・エンジンなら大気中の酸素が使えるため、その分余分な酸化剤を積まなくていい。また、ロケット・エンジンを再点火する必要もないため、エンジンだけで見ると長寿命化にもつながる。
また、垂直に着陸する場合、やり直しがきかない一発勝負になるが、ジェット・エンジンと翼で飛行して着陸する場合、通常の飛行機のように着陸をやり直すことができ、さらに風などの条件が悪ければ、近くの別の空港に降りることもできる。ちなみにスペース・シャトルも翼をもっていたが、グライダーのように滑空飛行するため、やはり着陸のやり直しはできなかった。
いっぽうで、ロケット・エンジンとは別にジェット・エンジンを積み、さらに大きな翼も積むことから、その分重くなるという欠点がある。また、飛行機のように飛ぶ以上、翼の付け根などに、通常のロケットでは経験し得ない荷重がかかるため、機体の構造を頑丈に造る必要もあろう。
これらを考えると、酸化剤を積まなくていいことで軽くなる分は打ち消されるばかりか、むしろファルコン9などの着陸方法と比べ重くなり、効率は悪くなると考えられる。
つまり、ファルコン9などが「できる限り無駄のない仕組みで一発勝負の着陸をする」という設計思想なのに対し、このロシアのロケットは「機体は重くなるものの確実に着陸できるようにする」という設計思想で造られている。どちらが優れているかは一概にはいえず、運用方針の違い、あるいは開発者の好みや哲学の違いといえよう。