4月27日、歴史的な南北首脳会談において、朝鮮半島の完全な「非核化」に向けた合意がなされた。これを受けて、6月12日の米朝首脳会談開催が決定された。その後、トランプ大統領による「中止」の発表→何事もなかったかのように「開催」と紆余曲折はあったものの、本稿執筆段階では日本時間6月12日午前10時にシンガポールの「セントーサ島・カペラホテル」で開催される見通しだ。今後について、後述するように4つのシナリオを考察した。

完全な「非核化」とは?

まず、完全な「非核化」が何を意味するのか、明確ではない。4月下旬、メディアに対してボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、「北朝鮮と韓国の非核化を意味する」と述べた。しかし、北朝鮮は、朝鮮半島における米軍にも制約をかけることを求めるはずだ。「非核化」を進めるためには、厳密な定義で合意することが不可欠だ。

米国が求める「CVID」

次に、「非核化」のプロセスとスケジュールで合意する必要がある。米国は「CVID」を求めるだろう。これは「完全な(Complete)」「検証可能な(Verifiable)」「不可逆的な(Irreversible)」「非核化(Denuclearization)」のことだ。ボルトン補佐官は「リビア方式(*)」に言及した。北朝鮮が核放棄のための具体的行動をとるまで圧力を緩めないということだ。

(*)リビアのカダフィ政権が2003年12月に大量破壊兵器の開発計画の放棄を表明。直後にIAEA(国際原子力機関)の査察チームを受け入れ、翌年1月に関連する機材や文書を米国に引き渡した。同2月から米国は段階的に制裁を緩和し、2006年にはリビアをテロ支援国家の指定から外し、国交を正常化した。

◆4つのシナリオと市場の反応

1.ベストシナリオ

北朝鮮が「CVID」に同意し、核兵器やICBM(大陸間弾道弾)の開発・保有の放棄に向けて行動を開始。国際的な査察チームを受け入れ、その進捗が逐次明らかになる。早い段階で、朝鮮戦争の休戦協定が平和協定に改められる。そして、北朝鮮に対する経済制裁が段階的に緩和される。上述の「リビア方式」に近い。

このシナリオのもとでは、金融市場における投資家のリスクオン(選好)が強まろう。朝鮮半島での軍事衝突の可能性が大きく低下することで、韓国(や日本、米国)の資産、とりわけ北朝鮮との経済関係強化でメリットを受ける銘柄を中心に株価が上昇する可能性がある。為替市場においては、円よりも米ドル、米ドルよりもその他通貨が選好されそうだ。

2.現実的なシナリオ

「非核化」に向けて事態がトントン拍子に進展すると考えるのは、さすがに楽観的に過ぎるだろう。交渉には時間がかかりそうだ。米朝首脳会談では、「非核化」に向けて対話の継続を確認するというのが最低限の「成功ライン」かもしれない。「非核化」の具体的なプロセスに関する合意があれば、さらに望ましい。ただ、過去にも何度となく経験したように、北朝鮮が経済制裁の早期解除を求めて合意からの離脱をほのめかすなど、揺さぶりをかけてくる可能性はありそうだ。

現実的なシナリオでは、リスクオン(選好)とリスクオフ(回避)が何度も入れ替わる可能性がある。そして、リスクオンはゆっくりと、リスクオフは突然にやってくるパターンとなるかもしれない。一時的にせよ、急な株安や円高に備える必要はありそうだ。

3.ワーストシナリオ

北朝鮮と韓国、米国の間で認識の差が大きく、交渉が決裂するケースだ。4月の南北首脳会談以前の状況に戻るだけでなく、米朝の敵対的姿勢が一段と強まるかもしれない。米国は「唯一の選択肢が軍事行動」との考えに傾き、北朝鮮は核兵器やICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発を再開しよう。

このシナリオは可能性が非常に低く、あってはならないが、交渉が難航すればするほど、市場は神経質に反応しそうだ。とりわけ、交渉決裂により米国から軍事行動を示唆するメッセージが出されるなら、少なくとも金融市場はその可能性をある程度の確率で織り込み始めるだろう。そして、強いリスクオフの反応が想定される。その場合、仮に初期反応が「リスクオフの円高」であっても、日本も「対岸の火事」で済まないだけに、円高が持続するとは限らない。

4.もう一つの「ワーストシナリオ」

実は、日本にとって、もう一つのワーストシナリオが存在する。北朝鮮が核兵器の開発やICBMの保有を放棄する代わりに、核兵器の保有継続を米国に認めさせるケースだ。北朝鮮の核の脅威が米国本土から除去されるため、北朝鮮に対する米国の圧力は大幅に緩和されるかもしれない。一方で、日本にとっては、核の脅威は変わらないどころか、むしろ米国の圧力が緩和することでより喫緊のものとなりそうだ。

世界的にみれば、朝鮮半島に絡んだ地政学リスクはある程度後退するだろう。しかし、日本や韓国はその限りではなく、両国の資産や通貨は大きく売られるかもしれない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。

2012年9月、マネースクエア(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」「市場調査部エクスプレス」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。