"月版COTS"の始まり
ここまでまとめあげたのはトランプ政権の力ではあるだろうが、そもそも有人での月や火星探査を目指すという方針は、ジョージ・W・ブッシュ大統領の時代から始まり、オバマ大統領がさらに進めたものだった。民間企業による宇宙活動を促進させるという方針もまた、ブッシュ大統領が先べんをつけ、そしてオバマ大統領の時代に本格化したものだった。
トランプ大統領はそれにいくつか修正は加えたものの、基本的には流用し、細かな修正を加えたに過ぎない。つまるところ、月や火星を目指すのはブッシュ政権時代からの既定路線であり、民間の活用についてもブッシュ政権やオバマ政権の宇宙政策に先見の明があったと見るべきかもしれない。
現にNASAは、オバマ政権時代の2013年からすでに、民間企業と月探査で協力することを目的に、資金提供や技術協力などを行う計画を立ち上げていた。
このオバマ政権以来の計画は、Lunar Cargo Transportation and Landing by Soft Touchdown (月への物資輸送と軟着陸)を略して、「CATALYST」と呼ばれている。この計画には、かつてグーグル・ルナ・Xプライズに参戦していたアストロボティック(Astrobotic)や、ムーン・エクスプレス(Moon Express)、そして垂直離着陸できるロケットの開発で実績のあるマステン(Masten)の3社がNASAと契約し、それぞれ月に着陸できる探査機などの研究・開発を行っている。
そして昨年12月、トランプ大統領によってSPD-1が発効された際、NASAは新たに、Commercial Lunar Payload Services (商業月物資輸送サービス)、略して「CLPS」という計画を立ち上げ、本格的に月探査で民間と協力する動きが始まった。これまでのNASAの月探査機は、すべてNASAが主導して開発していたが、今後は科学観測機器の開発や運用はNASAが行うものの、それを搭載する探査機の開発やその打ち上げなどは、NASAが運賃を払う対価として、民間が責任を持って担うことになる。
CLPSは今年4月に、米国企業に対して提案要求がなされ、今年末にも実施業者が選定され、NASAが開発する観測機器を積んで、2022年にも打ち上げられる予定となっている。
ところで、民間企業が開発した月探査機で探査、というところから、同じくNASAの「COTS」という計画を思い浮かべる人も多いかもしれない。
COTSはCommercial Orbital Transportation Services (商業軌道輸送サービス)の略で、NASAが2005年に立ち上げた、ISSへの補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間企業に担わせようという計画のことである。審査を経て選ばれた数社が、NASAからの資金提供を受けてロケットや補給船、宇宙船を開発することになった。
現在までに、スペースXとオービタルATKの2社がロケットと補給船を開発し、ISSへの物資輸送を実施中。またスペースXとボーイングが、宇宙飛行士が乗る有人宇宙船の開発を行っており、今年末以降に初飛行が行われることになっている。
かつて、米国からの物資や宇宙飛行士の輸送はNASA自身が担っていたが、民間に任せることでコストを低減するとともに、それによって浮いたNASAの予算や人員を、民間では難しい月探査計画などに振り分けることができた。
そしていま、米国として月を目指すという計画がある程度整いつつあり、そして民間企業が月探査までできるほど技術が成熟したこともあって、こんどは月探査でも、かつてのCOTSと同じような方法を取り入れ、より効率的に、スピード感をもって、そして"持続可能"な形で行われようとしているのである。
月ビジネスの時代へ
トランプ政権の宇宙政策にはいろいろと批判はあるものの、SPD-2で示されたような「民間を活用する」という方針については、米国の宇宙企業が多く加盟している業界団体CSF(Commercial Spaceflight Federation)など、産業界からはおおむね歓迎する声が聞かれる。
とくに大きな反応をしたのは、Amazonの創業者で、宇宙企業ブルー・オリジンを率いるジェフ・ベゾス氏だった。ブルー・オリジンはかねてより、月に都市を建設すること、そして自社の補給船を使って、月にAmazonのような物資の宅配サービスを展開するという構想を明らかにしている。
ベゾス氏はSPD-2の発表の翌日、現地時間25日に開催された国際宇宙開発会議の中で、こうした動きを歓迎するとともに、NASAと共同で月開発を進めることに意欲を示した。もっとも、「たとえNASAの方針が変わっても、独自で進めることができる」と、釘を差すことも忘れなかった。
また、今回のタイミングでは直接言及はしていないものの、イーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXもかねてより、火星移民と同時に、月開拓への意欲も燃やしており、ブルー・オリジンと同じく、NASAと協調することを匂わせつつも、独自でも進めるという姿勢を示している。
CLPSのように、月がビジネスの舞台になる時代はすでに始まっている。米国以外の国も例外ではない。民間にできることは民間に任せつつ、リスクのあることは引き続きNASAのような国の機関が担うなど、うまく両者が協調することができれば、人類の月探査、そして月開拓は大きく、そして早く進むことになろう。
そして、その流れが順調に発展し、ブルー・オリジンやスペースXといった大企業の勢いが衰えない限り、月という新大陸に都市が築かれ、人々が生活し始める時代もやってくるだろう。
米国の政権が代われば、NASAの方針も変わり、こうした方針も覆されてしまう可能性はある。しかし、ひとたび民間企業の活動が軌道に乗れば、そしてその活動が進めば進むほど、国やNASAがどうブレようとも、月開拓は止まることはないだろう。それは同時に、将来的にNASAの手から月探査が離れるということであり、そしてNASAは火星、あるいは木星や土星など、さらに他の天体に集中できるということでもある。
人類はそう遠くないうちに、ふたたび月を訪れようとしている。それもアポロ計画とは違い、二度と月から去ることがないという形で。それこそが、宇宙が人類の活動圏になるということであり、そしてNASAが謳う、「民間企業が参加することで、"持続可能"な計画になること」という方針が、真に目指すところなのである。
参考
・President Donald J. Trump is Reforming and Modernizing American Commercial Space Policy ・NASA Administrator Statement on SPD-2 | NASA ・CSF Applauds President Trump’s Signing of a Space Regulatory Reform Directive - Commercial Spaceflight Federation ・NASA: Commercial Partners Key to Sustainable Moon Presence | NASA ・President Signs New Space Policy Directive | NASA
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info