欧州の政治情勢が混迷を深めている。イタリアでは、ユーロ(欧州統合)に批判的なポピュリスト政権が誕生しそうだ。スペイン、英国では総選挙実施の可能性も浮上している。今後の展開次第では、通貨ユーロや英ポンドなどに一段の下落圧力が加わるかもしれない。

イタリアで「五つ星」と「同盟」による反ユーロ政権が誕生へ

イタリアでは、3月の総選挙で過半数の議席を獲得した政党がなかったため、政権連立交渉が延々と続けられてきた。そして、ようやく第1党となったポピュリズム(大衆迎合主義)の「五つ星運動」と反移民を掲げる第2党の「同盟」による政権が誕生しそうだ。

当初、両党が推した財務相候補がユーロ批判派だったために、政権任命権を持つマッタレッラ大統領がこれを拒否、情勢は流動化していた。そこで、両党は穏健派を財務相候補に再指名して大統領の承認を得ることに成功した。もっとも、ユーロ批判派の元財務相候補は欧州問題担当相となるようなので、先行きに物議を醸すかもしれない。新政権は6月4日と5日の議会での信任投票を経て正式に発足する予定だ。

金融市場では、3月の総選挙前から「五つ星」と「同盟」の組み合わせは最悪のシナリオとされてきた。いずれもが反ユーロの立場をとっていたからだ。実際、両党は、最低所得や年金改革の取り下げなど財政赤字の拡大につながり、ユーロの緊縮ルールに反する政策を唱えている。また、大統領に拒否された、先の財務相候補は、政府はユーロを離脱する「プランB」を準備すべきだと主張してきた。

5月に入って、イタリア国債の価格は急落(金利が急騰)した。ドイツ国債との金利差が急速に拡大、2010年春のギリシャ債務危機発生の前夜の様相を呈していた。「五つ星」と「同盟」が新たに穏健派の財務相候補を指名したことで、金融市場はやや落ち着きを取り戻している。イタリアの新政権が決まらずに再選挙となれば、ユーロ離脱の是非を問う事実上の国民投票になりうるとの懸念が後退したからだろう。

もっとも、上述したように、イタリアの新政権は反ユーロ的政策を推し進める可能性がある。イタリアはユーロ圏でドイツとフランスに次ぐ第3位の経済規模を誇るだけに、楽観は禁物だ。

スペインではラホイ首相が不信任決議を受けて退陣

スペインでは、「国民党」のラホイ首相が退陣した。6月1日に議会で首相に対する不信任決議案が可決されたからだ。最大野党の「社会労働党」が発議し、複数の少数政党もそれを支持した。また、国民党が連立政権を組む新興政党の「シウダダノス(市民)」も、不信任決議案とは距離を置きながらも、ラホイ首相に退陣を迫っていた。

不信任決議案の背景は、ラホイ首相の元側近が汚職事件で有罪判決を受けており、不正な資金が選挙に流用されたとの疑惑があったことだ。

ラホイ首相の退陣を受けて、「社会労働党」のサンチェス党首が新首相に就任した。ただし、議席数350の議会において、「社会労働党」は84議席しかない。不信任投票で足並みを揃えた「ポデモス」(67議席)やその他の政党に配慮する必要もあり、サンチェス新首相の政権運営は難しいものとなりそうだ。

現状で基盤の脆弱なサンチェス新首相が解散総選挙に打って出る可能性もあるようだ。最近の世論調査では、緊縮財政に反対する「ポデモス」が支持率を高めており、早期の総選挙となればポデモスが議席を増やしそうだ。緊縮財政はユーロ圏に共通のルールであり、それが蔑(ないがし)ろにされるようなら、ユーロ圏の求心力低下や通貨ユーロの下落圧力につながりそうだ。

「ブレグジット」の交渉決裂も。解散総選挙はあるか

英国のEU(欧州連合)離脱、すなわち「ブレグジット」の交渉が暗礁に乗り上げつつあるようだ。EUに加盟するアイルランドと、英国の一部である北アイルランドの国境をどうするか、それに関連して英国がEUの関税同盟に留まるか否かなどに関して、英与党内でも見解が分かれている。

EUは、6月末のEUサミット(首脳会議)までに英国が具体的な立場を示すよう要求している。そして、それがなければ「合意なき離脱」、いわゆる「ハード・ブレグジット」もやむを得ないとの構えだ。メイ首相が与党保守党内部を上手くまとめることができなければ、解散総選挙は避けられないとの見方もあり、今後の展開が注目される。

このまま行けば、「ブレグジット」は2019年3月末時点で実現する。そして、離脱後の英国とEUとの関係や移行期の措置に関する協定が発効するためには、今年秋にも協定案がEU加盟国全ての議会に諮られる必要があるとされる。残された時間は限られており、英国で解散総選挙ともなれば、「ブレグジット」は一気に視界不良となりそうだ。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。

2012年9月、マネースクエア(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」「市場調査部エクスプレス」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。