日本時間5月24日午前0時過ぎ、TCMB(トルコ中央銀行)は緊急会合で3%という大幅な利上げを決定した。これを受けてトルコリラは下げ止まったかに見える(同25日午前10時現在)。しかし、リラの先行きは依然として大いに不透明だ。同じように緊急利上げを行った2014年のケースを参考に、今後を考察したい。
2014年当時を振り返る
トルコリラの下落が続く中、TCMB(トルコ中央銀行)は2014年1月に緊急会合での大幅な利上げを含めたリラ防衛策に踏み切った。当時の状況を振り返っておこう。
発端は、2013年5月まで遡る。米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長(当時)が金融緩和縮小の可能性に言及したことで、トルコリラを含む新興国通貨が対米ドルで大きく下落した。その後もリラは対米ドルで徐々に下落。そして、13年12月中旬に閣僚の汚職事件が発覚すると、下落ペースが一気に加速した。
14年1月21日の会合で、TCMBが政策金利の据え置きを決めると、リラはさらに下落。同23日には、TCMBが外貨売りリラ買いの外為市場介入に踏み切ったが、それでもリラは下げ止まらなかった。TCMBは同27日に臨時会合を翌日に開催すると発表。そして、同28日深夜の会合で、政策金利を4.5%から10.0%に大幅に引き上げた。これを受けてリラ安に歯止めがかかると、その後も高金利が外国資金を引き付けたことで、リラは対米ドルでジリジリと上昇した。
足もとにおけるトルコリラ下落の背景には、(1) 米国の利上げに伴う世界的な流動性の低下、(2) 米国のイラン核合意からの離脱など中東情勢の緊迫化、(3) トルコのインフレ高進や経常赤字の拡大、(4) エルドアン大統領によるTCMBへの利下げ圧力など、数多くの要因がある。
もっとも、5月に入ってリラ安が加速した最大の理由は、TCMBが金融市場の信任を完全に失ったことだ。インフレ率が自らの目標を大幅に上回っているにもかかわらず、大統領の圧力もあってTCMBはなかなか重い腰を上げようとしなかった。4月下旬の定例会合でようやく0.75%の利上げに踏み切ったが、それさえも金融市場は「too little too late(小さすぎ、遅すぎ)」と評価したようだ。
その意味で、臨時会合を開催して決断した今回の大幅利上げは、上述の2014年1月のケースと同様にTCMBの独立性を示す思い切った措置と言えよう。
ただし、2014年のエピソードには続きがある。
2014年1月のTCMBの利上げ後、エルドアン大統領は執拗に利下げを求めた。4月上旬には、臨時会合を開催してでも利下げを行うようにと、大統領の要求はエスカレートした。TCMBはこれには応じなかったものの、5月21日の定例会合で利下げに踏み切り、さらに続く6月と7月の会合でも利下げを実施した。それらを受けてリラは再び下落基調に転じた。
今後の考察
つまり、思い切った利上げによってリラが反発するとしても、一時的効果しかない可能性があるということだ。リラが持続的に上昇するためには、以下の2つの条件が満たされる必要があるのではないか。
1つは、現在2ケタ台のインフレ率がTCMBの目標である5%へ向けて着実に鈍化するまでTCMBが金融引締めを続けることだ。
そして、もう1つ、より重要なのは、リラ安の根本原因である経済構造を変革することだ。具体的には、経常赤字や財政赤字の拡大を招いているエルドアン政権の放漫な経済運営が見直されることを指す。
後者について、6月24日の大統領選挙後には、有権者にアピールするための政策はある程度修正されるかもしれない。しかし一方で、前者について、エルドアン大統領はこれまで、「利下げがインフレを抑制する」という経済学的には考えにくい主張を繰り返してきた。さらに再選を果たせば金融政策に深く関与すると明言している。もし、その通りになれば、金融政策に強い緩和のバイアスがかかり、リラに継続的な下落圧力が加わる可能性がある。
さて、TCMBの次回定例会合は6月7日に予定されている。そして、その3日前には重要な5月の消費者物価の統計が発表される。消費者物価が上振れするようなら、TCMBはさらなる利上げを迫られるかもしれない。少なくとも、市場は利上げを催促するかのようなリラ売りを仕掛ける可能性がある。
ところで、リラ安が進行するとすれば、それはトルコの輸出競争力を高めるはずだが、それ以前に外貨建て債務を抱える多くのトルコ企業のバランスシートを悪化させよう。そして、それは同じく金融機関の不良債権を増加されることにつながるはずだ。そうなれば、中央銀行に対する信任の問題が、通貨危機・金融危機へと発展しかねない。TCMBは安穏(あんのん)としていられないはずだ。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。
2012年9月、マネースクエア(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」「市場調査部エクスプレス」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。