秋葉原UDXにてVR/MR/ARの世界で活躍している業界のリーダーによる講演やパネルディスカッションが繰り広げられたイベント「Wacom Creators' Symposium」。イラスト描画向けのペンタブレットやデジタルペンを主軸にするワコムは、このイベントでVRヘッドセットを使った3D描画ツールを新たに発表し、VR領域のクリエイティブ活動に役立つ描画ツールを展開していくとしました。
この関連として、講談社VRラボの取締役でプロデューサーを務める石丸健二氏による講演「VRアイドル『Hop Step Sing!』快適で刺激的なPV体験への試行錯誤」がイベント内で開催。本稿では、Hop Step Sing! 楽曲PVの反省点や、制作において徹底しているルールなどが明かされた本講演の模様をお届けします。
VRは演出、そしてユーザーとの距離感が重要
VRアイドル「Hop Step Sing!」は、"500年愛されるアイドルを誕生させる"という壮大なビジョンのもと誕生したバーチャルアイドルです。その制作にあたっては、各業界のエキスパートが集結。エンターテインメントと先端技術の組み合わせによる相乗効果で、まったく新しい体験の提供にチャレンジしているプロジェクトといいます。VR映像による楽曲PVの公開や、Twitter( @hopstepsing )で日々の生活を配信するなど、VRの世界に存在するアイドルグループとして活動しています。
さて、セッションで石丸氏は過去3作品制作したPVの反省点を詳らかに明かしてくれました。1stシングル「キセキ的Shining!」では「反省が多かった」と石丸氏。初めてのVR環境下でのPVであったため、ステージを大きくしすぎたことや、それに付随してプレーヤーとの距離が遠くなってしまい“ぼっち”にしてしまったのではと振り返りました。PVの終盤でステージを消して宇宙空間で3人のVRアイドルが歌い踊るアイディアを盛り込むなど工夫を凝らしましたが、VRならではの要素や体験が弱かったのでは? と反省したといいます。
2ndシングルの「kiss × kiss × kiss」では1stシングルでの反省を活かし、狭い空間に3人のVRアイドルはもちろんプレーヤーも収めることで距離を縮め、コンスタントに変わる背景や上下の移動を用いた空間演出を施したと石丸氏。PVを見ると一目瞭然なのですが、眺望の良いコンパクトな空間から、フッと奥行きを感じさせる空間へと変化するなど、「その場に居る」というVR要素を刺激する演出がふんだんに盛り込まれています。さらに、立体音響の導入に加え、常にプレーヤーを見つめる目線プログラムの投入により、より一層の没入感をプレーヤーに与えることに成功したと話しました。
そして、3rdシングル「気ままに☆サマーバケーション」では、石丸氏本人が「苦肉の策」と表している乗り物にチャレンジした「江ノ電アイディア」が成功したといいます。横移動というVR体験や、横並びという電車の座席を活かしてプレーヤーの両サイドにVRアイドルを座らせる演出を盛り込んで、VRアイドルとプレーヤーが極限まで近付けるというVRならではの体験を提供。より一層の没入感溢れるPV体験の醸成に成功したとコメントしました。その他にも、1stシングル、2ndシングルのPVでユーザーから指摘されていた、VRアイドルの表情や顔そのものの造形を見直すことで、愛らしさや親しみやすさの醸成にも寄与したと語ってくれました。
プレーヤーは誰? ゲームではなく「映像」の意識
そして最後に石丸氏は、本プロジェクトで重要となる3つの要素について語ってくれました。まずひとつめに挙げたのが「快適なコンテンツにするためのルール」です。
夢から覚めないようにプレーヤーに快適な体験を提供するために、5つのルールを徹底していると石丸氏。VRという視聴環境ゆえの「VR酔い」を徹底的に避け、基本前方180度程度の視野で舞台を完結させること。さらに、プレーヤーをひとりぼっちにせず、プレーヤーが誰なのかをわかりやすく表現すること。そして、インタラクティブ要素。PVなのでインタラクティブ要素はあくまでオマケではあるものの、「気ままに☆サマーバケーション」のPVのなかで"隣に座ってくれる体験"は、プレーヤーに驚きや喜びを与えてくれるはずだと考えました。
ふたつ目に挙げられたのは「VRらしい刺激的なコンテンツにするための装置」でした。現実では起こりえない、不可能なことをモリモリと盛り込み、VRらしさを表現するなかで、4つの装置が重要だといいます。奥行きや高さを感じることができる空間演出、至近距離でのアイコンタクト、気持ちの良いパーティクル演出、リアルではあり得ないキャラクターの動きによって、刺激的で夢のような体験を形作っていくことを意識しているといいます。
そして最後に挙げられたのは「アイドルPVの目的を見失わないために」という要素でした。アイドル自身を好きになってもらうためのPVであることを再確認し、リニアな映像体験であってあくまでもゲームではないことを意識すること。企画、振り付け、モーションキャプチャ、インタラクティブといった各工程のなかでキャラクター性を付与していくことで、VR世界のなかで実存する「ひとりのアイドル」を形作り、出演していると意識することが肝要なのではないかと語ってくれました。
VRらしさを追求するために虚実織り交ぜながら綿密に作り込んでいく。この、「虚」と「実」のバランスをどのように調和させていくのかが、VRコンテンツ、特に本プロジェクトのようなPVに重要なのだと気付かせてくれました。今後、VRアイドル「Hop Step Sing!」がどのような刺激・体験を与えてくれるのか、期待したいところです。