航空業界には「ディスパッチャー」と呼ばれる人がいる。「運航管理者」と言った方が、その業務内容をイメージしやすいだろうか。ディスパッチャーが作成するフライトプランをもとに、飛行機は計画的に運航されているため、ディスパッチャーは"地上のパイロット"とも呼ばれている。では実際、どんな人がどのような環境で働いているのか、JAL現役の女性ディスパッチャーに話をうかがった。

  • 庭野慶子さんは、ディスパッチャー歴11年。学生時代に気象学を専攻しており、偶然の出会いでディスパッチャーを志すようになった

    庭野慶子さんは、ディスパッチャー歴11年。学生時代に気象学を専攻しており、偶然の出会いでディスパッチャーを志すようになった

1日約800便を24時間・365日体制で

今回、話をうかがった庭野慶子さんは、ディスパッチャー歴11年。庭野さんの職場は本社ビル内のOCC(オペレーション・コントロール・センター)だ。OCCは、国内・海外を飛行するJALの全航空機の運航を24時間365日体制で集中管理しているところであり、様々な部署から人が集まっている。

JALでは社長権限をOCC統括責任者に委譲するなど、運航に係わる判断の権限をOCCに集めることで、関係部部門間の利害関係によって運航に係る判断に影響を与えないように規定している。詳しくは「社長から運航統制の権限も! JALの指令基地「OCC」は再建後にどう変わった?」を参照していただきたい。

  • ディスパッチャーの仕事場はOCC(オペレーション・コントロール・センター)の中。庭野さんは国内線の運航管理を担っている

    ディスパッチャーの仕事場はOCC(オペレーション・コントロール・センター)の中。庭野さんは国内線の運航管理を担っている

  • OCC統括責任者であるミッションディレクターには、社長権限を委譲されている

    OCC統括責任者であるミッションディレクターには、社長権限を委譲されている

OCCでは、JALおよびジェイ・エアが運航する約800便(国内線約650便、国際線約150便)を24時間365日体制で管理している。ディスパッチャーは1便1便フライトプランを作成し、さらに飛行中も1便1便監視を行う。つまり、膨大な量の情報を同時に管理し、その状況にあわせて判断しなければならない。

運航管理業務としてはディスパッチャーのほかにも、全般的な気象情報を担う気象担当や、世界中の航空情報を一手に受信しその中からJAL便に影響するものだけを振り分けてパイロットに伝えるノータム担当などもいる。また、ディスパッチャーもチームに分かれており、国際線担当と国内線担当、さらに、国内線の中で大型機(B767、B777、B787)担当、小型機(B737)担当、ジェイ・エア機(ERJ)担当がいる。

OCCは24時間365日体制のため、運航管理業務スタッフは日勤・夜勤・早番・遅番のシフト制で勤務している。現在、OCCで運航管理業務を行っているスタッフは約80人(その内、女性は5人)おり、運航管理業務の補助業務を行っているスタッフは約50人(その内、女性は15人)となる。

ディスパッチャーの一日をざっくりと説明すると以下になる。早晩と遅番は、日勤の時間軸を05:00~14:00、13:00~22:00にスライドしたスケジュールとなる。

日勤
08:00: 出勤、気象状況などを確認
08:10: 引き継ぎ
08:30: 業務開始(適宜昼食)
16:30: 引き継ぎ
17:00: 退社

夜勤
15:30: 出勤、気象状況などを確認
16:00: 引き継ぎ
16:30: 業務開始(適宜夕食)
00:00~02:00: 仮眠
02:00: 業務再開
08:30: 引き継ぎ
09:00: 退社

国家試験よりもさらに高い社内審査の壁

庭野さんは国内線を担当しており、日によって大型機・小型機で担当が変わり、ひとりで1日100を越えるフライトを管理している。スケジュールをざっくり示したものの、その業務内容が非常に濃いことは容易に想像できるだろう。

ディスパッチャーの業務は主にふたつある。ひとつは、気象状況や様々な運航情報を元に、飛行高度や飛行経路、目的地の空港に着陸できない場合の代替空港、搭載燃料などを記載したフライトプランを作成する「飛行計画」。もうひとつは、離陸後の航空機の状況を監視し、急な天候変化や機材の不具合などに対応する「飛行監視」だ。

この2つの作業を何便も重ねながら捌(さば)いていく。なお、チームで分かれているように、国を超えて長時間飛行する国際線と、膨大な便数を捌(さば)くことが求められる国内線では、ディスパッチャー業務のやり方が大きく変わってくるようだ。

  • ディスパッチャーは国内線と国際線に分かれ、さらに、ジェイ・エアの担当もいる

    ディスパッチャーは国内線と国際線に分かれ、さらに、ジェイ・エアの担当もいる

実際、どんな人がディスパッチャーになれるのか。JALの総合職で採用された人はあらゆる部署に配属される可能性があり、その中で空港本部内の一組織であるOCCに配属され、運航管理業務に配属されれば、ディスパッチャーとして業務する"機会"が与えられる。"機会"と記したように、配属されれば誰でもディスパッチャーになれるわけではない。

ディスパッチャーは国家資格であり、まず1年ほど運航関係の業務経験を経て、学科試験と実技試験からなる国家試験(運航管理者技能検定)を受験し、ディスパッチャーの国家資格を取得する必要がある。さらにJALでは社内審査を実施しており、その審査に合格すればやっとディスパッチャーとして業務ができるようになる。国家試験取得で早くて2~3年、社内審査で早くて2~3年かかるため、JALのディスパッチャーとして業務をできるようになるには、早くても5~6年かかる計算になる。

では、ディスパッチャーになりたいと希望する人はどのぐらいいるものなのだろうか。社内からも人気の職種なのかを庭野さんにたずねたところ、「資格をクリアしていくことが求められるものなので、『やってみたい』という声を他の部署から聞くこともあります。年齢制限はありませんが、学んで覚えていかなければいけないことがたくさんあるので、年齢が上になってくると一程度の覚悟が必要です」ということだった。

国家試験の学科試験を合格するためには、航法や法規、気象、工学、通信、施設、英語といった様々なことを学ばなければいけない。中には国家試験を合格できずに異動になる人もいるが、この国家試験よりも社内審査の方が、合格が難しいそうだ。

  • 庭野さんはもともと、気象学を専攻していたので、学科試験でもその経験が生きた。しかし、今まで習ったことがない科目も国家試験取得のためには必須になっている

    庭野さんはもともと、気象学を専攻していたので、学科試験でもその経験が生きた。しかし、今まで習ったことがない科目も国家試験取得のためには必須になっている

庭野さん自身は大学で気象学を専攻しており、在学中にたまたま大学に来ていた同じ研究室のOBからディスパッチャーという仕事があることを聞き、「そんな仕事があるんだ。私もやってみたい」と思ったことがディスパッチャーを志したきっかけだったという。ちなみにそのOBは現在、同じ職場で働いているという。ディスパッチャーになるまでのことを思い返すと、「ディスパッチャーはこんなに勉強しないといけないんだとびっくりしました。今まで勉強してこなかったことばかりだったので、憧れだけではなれないことを実感しました」とのことだった。

庭野さんは国家試験の実技試験のことを今でも覚えており、福岡=新千歳線のフライトプランの作成とそれに関するお題だったそうだ。路線は指定されるようだが、機種は自分で選べたようで、庭野さんはその時、B777を選んだという。選んだ理由はその当時、わりと新しい機材だったからだろうだが、B777には今も思い入れがあると話す。

続いては、今までで一番大変だった体験や、そんな現場で求められるディスパッチャーとしての資質、職業柄ついやってしまう"職業病"などについて聞いてみたい。