アリアンはロケット再使用へ踏み出すか
小型衛星と並んで、宇宙開発で起きているもうひとつ大きな変化、そしてトレンドが「ロケット再使用」である。米国のスペースXやブルー・オリジンを中心に、ロケットを繰り返し再使用することで打ち上げコストを大幅に低減しようという動きがある。
アリアンスペースはかねてより、ロケット再使用については、「再使用するにはコストがかかり、再使用のための装備を搭載することで打ち上げ能力も落ちる。信頼性が確保できるかもわからない」といった理由から、やや否定的な見方をしていた。
今回の記者会見でも、イズラエル氏は「最優先はアリアン6とヴェガCを確実に完成させ、導入すること」、「アリアン6は5より40%のコストダウンになる(ため市場競争力がある)」と述べ、市場が再使用を前提としたものになりつつある中、まだ慎重さは保ったままだった。
アリアンスペースは、アリアン・ロケットを運用し、欧州に自立した宇宙へのアクセス手段を提供し続けることが使命であることからして、これは当然の考えかもしれない。
また、米国と欧州とではロケット打ち上げを取り巻く状況が異なるとも指摘。たとえば米国は政府衛星の打ち上げが多く、さらに最近ではスペースXやワンウェブなどが数千機の衛星を使った宇宙インターネット計画を進めているなど、年間の打ち上げ回数は爆発的に増えそうな気配がある。
イズラエル氏は「打ち上げ頻度が高くなると、再使用は意味をもってくる」とした上で、「ただし欧州にはそれほど多くの打ち上げ回数を要する市場や需要はない。欧州市場において、再使用ロケットがどれだけ役に立つのかを考えなくてはならない」と述べ、欧州としては積極的にロケット再使用に動く必要はないという見方を示した。
「技術革新、技術革新、そして技術革新」
そのいっぽうで、イズラエル氏は「我々の最優先の課題はコストを下げること」とし、そのために「Innovation, innovation and innovation」、つまり革新に次ぐ革新を連続して行うと表明。そして、コストダウンを実現するための選択肢のひとつとして「再使用化を行う可能性もある」とも語った。
現在アリアングループでは、「プロメテウス」(Prometheus)と名付けられたエンジンの開発を進めている。推進剤にメタンと液体酸素を使うエンジンで、2020年に初の試験を計画しているという。
プロメテウスはそれ単体でも、現在アリアン5が搭載しているヴァルカン2エンジンと比べ、10分の1しかない。そのため再使用しなくてもコストダウンができる。アリアングループでは2030年ごろをめどに、プロメテウスを実用化させ、アリアン6やその後継機に搭載する可能性があるという。
また並行して、「カリスト」(Callisto)、「テミス」(Themis)と名付けられた小型の再使用ロケット実験機を、欧州宇宙機関(ESA)やフランス国立宇宙研究センター(CNES)、そして日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)などと共同で開発中で、打ち上げと着陸、再使用の実験を行うとしている。
そしてもし、ロケットの再使用が有効であることが実証され、あるいは必要に迫られた場合には、プロメテウスを再使用エンジンとして使用し、"再使用型アリアン6"を開発し、さらなるコストダウンを図ることもできるという(もっとも、まだ正式に決まっているわけではない)。
つまり、スペースXやブルー・オリジンのように、自ら進んで再使用を進めていくことはないものの、研究・開発は行い、必要になったときに備えておくという姿勢である。
また、「ブラック・アッパー・ステージ」(Black Upper Stage)と呼ばれる、アリアン6向けの新しい第2段の開発計画も明らかにされた。
高松氏は「アリアン6の上段は、そのままでももちろん性能はいいのですが、さらなる改良の余地があります」と語る。まだ検討段階ではあるものの、タンクをカーボン製にして軽量化を図るとともに、電子機器など全体的に改良を加えることが考えられているという。
ロケットの上段は衛星と同じく軌道に乗るため、上段が軽くなればそっくりそのまま、打ち上げられる衛星の質量が増えるということになる。また、第1段を再使用することによって落ちる打ち上げ能力を補うこともできる。
業界にさらなる変革は起こるか
数年前の会見で、再使用など歯牙にも掛けないそぶりを見せていたころに比べると、まだ実際に採用するかどうかはともかく、再使用ロケット用のエンジンや実験機の開発に乗り出している現状を見ると、時代が大きく変わったと感じざるを得ない。
そしてその時代を変えたスペースXは、アリアン6が登場する2020年ごろに、アリアン6以上の打ち上げ能力をもちながら、1回あたりの打ち上げコストがわずか数億円という"超低コスト・ロケット"「BFR」の完成を目指している。
さらにほぼ同じころには、Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルー・オリジンも、再使用ロケットの「ニュー・グレン」を投入することを予定している。
もしBFRやニュー・グレンが商業的に成功すれば、ロケット再使用はトレンドを超えて、もはや標準になるだろう。
前述のように、いざアリアン6を再使用するにしても、実際にできるようになるのは2030年ごろとされる。はたして間に合うのか、それとも計画を加速させることになるのだろうか。
ロケットのさらなる低コスト化、そしてそれ実現するための選択肢のひとつとしての再使用化など、ロケット業界の変革は間違いなく始まっている。そしてこうした動きは、日本のロケットにとっても他人事ではない。
参考
・Arianespace and Spaceflight sign contract to launch small satellites on Vega SSMS POC flight - Arianespace
・Japan Week 2018: Arianespace is the Japanese market leader - Arianespace
・Ariane 6 - Arianespace
・Prometheus - Ariane Group
・SpaceGate | [Quezako?] Ces ailerons reviendront sur Terre
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info